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Webあれこれ

不便なクリック&モルタル

2001年1月20日 12:00

21世紀早々、なんかこういうネガティブな事例もなんなのだが やはり2001年のITビジネスを占う上で非常に重要なことではな いかとおもい、ちょっと書いてみたいと思う。
カード文化の普及していない日本では、チケットなどの注文に おいても、ネット注文、リアル店舗で受取というタイプの クリック&モルタル戦略が重要な位置を占めるだろう。 リアルな商品引渡しの場として、コンビニインフラや果ては ガソリンスタンドまで大きく注目されている。
しかし、ことはそんなに単純であろうか?

新年早々北海道でイベントをやることになっていて、航空チケットをネットで予約した。そこには、
「○月○日までに、○○窓口か○○指定代理店までチケットをお買い求め下さい」
と書いてあるのだが、筆者の住まいがど田舎なので窓口は近く になく、指定代理店の受取をしたいと考えた。
が、サイトのどこを見てもその指定代理店はどこにも書いていないのだ。 これだけでも十分不便だったのだが、さらに上を行ったのはその次。 電話帳までひっくり返して、なんとか近くのショッピングモールにある 指定代理店とやらを見つけ、そこに行ったまでは良かった。

F「ネットで注文したのですが。予約番号は....」
店員「え?え?うちはネットの予約はできないんですけど」
F「へ?でも、Webサイトに指定代理店で受け取るようにと。ここはそうじゃないんですか?」
店員「指定代理店ですけどできないんです。その日なら、まだ空きがありますんで、取りなおしましょうか?」

この時点で呆然である。なんのためのクリック&モルタルじゃという気分である。 これが、シーズン限定等の特別割引系のチケットの予約分だったりしたら、オオゴトである。結局いうがままに取りなおしたが、ネットを利用する意味は全くなかったということである。

クリック&モルタルをやるなら、クリック&モルタルに関わる 全ての担当者(特にモルタル側の実店舗)の意識を合わせること。
そして、どこのモルタルでクリックのサービスの延長線が受けら れるのかを明記すべきである。とくに、翔泳社から出ているクリック&モルタルはそういう意味で必読の書といえるだろう。

外注コントロールの重要性

2001年1月15日 12:00

年々、企業のWebが加速度的に増えてきているが その大半が、一部製作か完全丸投げかは別にして、 多くの場合外注がかんでいることだろう。

これがケーススタディに適切かどうか不明だが、 2件も立て続けに、外注の力量差のせいで プロジェクトが頓挫寸前にまでなってしまった。 一個は事実上頓挫したといってもいい状態である。 このケースの頓挫したほうを紹介し、Webの構築において 適切な外注の選択が重要であるということを示したい。


ケース:某食品原料メーカー

当初、某印刷会社が仕事を受け、Web計画の進行が印刷物と 同じ感覚で進められているために文字レベルの変更や、 デザイン変更ばかり入り、製作公開までに1年以上無為に時間を費やしていた。 ここでポイントになるのは、製品注文フォームの仕様が未定のまま 進められていたことだ。
この状態から、この印刷屋に入った私のほうに担当が降ってきた。
(始まったころはこの会社の人間じゃなかったしね)

で、わたしのほうで、再設計と仕様を詰め一ヶ月で、注文以外の部分を 瞬時に策定し、ほぼ完成した。注文部分をCGIを利用するものということを 決定し製作に取り掛かった。

で、ここで突然問題が発生した。サーバーを再度安いプロバイダーと 契約しそこでWebの公開をしたいということで、わたしが用意してあった プロバイダーサーバーではないサーバーへの納品の必要性が生じた。 クライアントとしてはいろいろな付き合いの中で、一社に集中させたくない という部分があったようである。そこでプロバイダーだけは付き合いのある 別会社を選択した。
ここで、完全にこのWebが頓挫してしまった。なぜなら、このプロバイダーは CGIを含むあらゆるサーバー再度の処理を認めていないのだ。

これでは納品してもCGIが動かないので通販の注文すること自体不可能に なってしまうことは明白。
で、クライアントにプロバイダーの変更の再考を促したものの、CGI等の技術的な 部分を十分に理解せず、契約済みのプロバイダーの「うちは安いけどちゃんと 普通のことは全部できる」という言葉を信じて、変更はしないと一蹴。
やむをえないので、プロバイダー側に変更を交渉。
プロバイダー側は企業向けWebにおけるサーバーサイドの処理の重要性を まったく理解しておらず、無視を決め込む始末。
一向に埒があかず、無駄に2ヶ月ほどすぎてしまうという事態になってしまった。

これでは、Web公開のタイミングを合わせることも出来ないので プロモーションの組み立ても不可能で、結局なし崩しに始まって 公開しているだけで機能しないWebになってしまった。


さて、このケースで問題点になっているのはなんだろうか?

1・Webの計画を印刷物と同じ感覚で取り扱ってしまった。
2・取引業者を適切な一元化をしないで付き合いの都合で多元化してしまった。
3・Webビジネスを理解しない外注をはさんだ。

この三つが上げられるだろう。

まず、そもそもは、もともと受けた外注であるわたしの会社と 発注側であるお客のほうがWebをまったく理解しないで ことを進めようとしたことに問題がある。それで、無駄なコストを かさませてしまい話がこじれる遠因になってしまった。
次に2であるが、これは発注もとがWebに精通していれば多元化しても 差し支えはないが、今回の場合では、コントロールを他社に任せたまま 仕事を多元化してしまったのが、更なる問題であろう。
ここで、Webビジネスについての理解度が同程度の外注であれば わたしがコントロールできたので問題はなかったのだが、 Webでビジネスをするということが何なのかを理解していない 外注だったので、更なる事態の悪化を招いたといえる。

ちなみに、もう一件のものも、くしくも同じパターンで CGIに関する部分のみをWebビジネスを理解していない ただの技術屋に外注してしまい、仕様も納期もめちゃくちゃに なりかけ、頓挫寸前になった。
しかし、こちらのクライアントは、寸前で力量が違いすぎる 外注を2社コントロールする困難に気がつき、CGI部分の 製作もこちらに任せてくれ、公開も間に合い、そこそこのWebに することが出来た。


教訓として言えることは

・お付き合いで業者を選ばない。
・丸投げするなら、見識と力量のある1業者のみに投げる。
・多数の業者をかませるなら、まずは自分が外注をコントロールできるだけの知識と力量を持つ。
・力量の違う外注を一緒に仕事をさせない。

リアルへのゆり戻し

2000年12月31日 12:00

ここ数年、ネットビジネスの渦中にいて感じることがあるので、 ちょっと書き連ねたい。

近年、各種評論家の人々から、インターネットやITによって、
ネット文化vs既存文化
バーチャルvsリアル
といった、対立軸が生まれ、パラダイムの変革の時代などと良くうたわれる。
そして、あらゆる、企業文化があたかも科学哲学の世界で言うような パラダイム転換を行うような感覚のストーリーが語られている。
たしかに、これはこれで間違いないのだろう。
私も、1993年来、こうした一種のバーチャルスペースの到来と それによる様々な枠組みの変化が起こるということを、声高に 言いつづけてきた人種である。否定する気はない。
ネットビジネスで成功するモデルは どのモデルにおいても、新しいパラダイムを受け入れたもののみであると よく言われる。たしかに、そう思う。

しかし、人々は、インターネットのインフラの中において、リアルへの回帰、 リアルへのゆり戻しを起こしていると、痛切に感じる。

たとえば、一昔前のインターネットで賛美されていたことといえば コミュニケーションで言えば、CHATやBBS、メールで、世界中の未知の人と 知り合いになれて、しかも匿名性をもって、あたかも、リアルの自分と切り離した バーチャルな自分で、バーチャルな空間で、バーチャルな相手とコミュニケーション できることであった。
もっと、ネットビジネスに関わることで言えば、バーチャルな空間のネット通販で 世界中の製品を一覧し購入し決済することが出来るということであった。

現実に今はどうだろう?
ネットを使ったコミュニケーションの領域は、専用端末の普及など、 新しい次元を迎えると、一気にコミュニケーションの領域が 「現実に合うことの出来る範囲の相手(友人知人)とのコミュニケーション」へ 再び収斂し、また、コミュニケーションのスタイルも、ネットでは最低限の 情報交換のみで、小集団に縮まったとはいえ、現実に会ってコミュニケーションを 取るものを、求められつづけている。ネットを使っているが、 行動の規範はリアルへと回帰しつつある。
また、ネット通販においても、決済においては、バーチャルな決済ではなく リアルな場での決済方法が結局もてはやされ始めている。
また、ビジネスモデルにおいても、店舗というリアルな場を持つコンビニエンスストア などのネットプランが主流になりつつある。
他にも数え場きりがないほどのリアル世界へのユーザー回帰が顕著になりつつある。

「バーチャル世界旅行」だの「バーチャルモール」だの「ホームページで世界と取引」だの「ネットだけで儲ける」だの言っても、もはや、何の訴求力もなければ実効性も ないのである。

この2000年のネットビジネスは、ますます栄えて、バーチャルビジネスが 栄華を誇るだろう。ただ、同時に「リアルへのゆり戻し」が様々な局面で始まる。 かといえど、ネットのない時代に戻れるわけではないので、インターネットの 利便性は利便性で享受しつつ、リアルな場を求める動きが出てくるだろう。 今、ユーザーはバーチャル空間を欲してるのではなく、リアル空間での ふれあいや共感を求めているのである。

これからの10年は、このゆり戻しを軸に、リアルとバーチャルの組み合わせを 上手に行ったビジネスモデルを生み出す企業こそが、大きなコミュニティーを生みだす そうした企業が、これからの時代のリーダーとなるベンチャー企業といえるだろう。 ひょっとすると、持たざる経営神話に乗っかって、いろいろ捨てた企業が、 箱を持っていて、今苦しくなった企業に再逆転されるかもしれない。

とはいえ、思考上の何らかのパラダイム変換が必要不可欠であることに 何の代わりもない。やはり旧態依然の発想しか出来ない経営者では、持ってる箱を 使った逆転劇を生み出すことは出来ないだろう。

2000年代、「リアルへのゆり戻し」というのが、ネットに限らず 様々な場面でのキーワードになることと思う。

インターネットと市民運動

2000年6月15日 12:00

(この文章は私が、3年前(97年頃)に書いたものです)

古い話題で恐縮だが、 巻原発の問題というのがあったのを 覚えているだろうか?
この時、実はこの問題はマスでの取り上げられ方よりも、 インターネットで紹介された方が早かったようだ。 私も インターネットで見た のが先立ったことを記憶している。しかも、 反対派 の攻撃の最大の武器になっていたようにも 見える。
で、結果的には住民投票により、巻原発は白紙になり、 このインターネットでの市民運動が一躍脚光を浴びた。 また、同時期の 沖縄問題、 エイズ問題 しかりである。

確かに、耳の早い人などはインターネットで情報を つかんだであろう。しかし、本当にインターネットでの 市民運動がその形を結んだものといえるだろうか?
確かに 公文氏 などが述べるようなネチズン等の活躍という 観点から見れば、その活躍のツールとして、役立ったとは いえるであろう。

インターネットが市民活動の有力なメディアというのは、 時期尚早ではないであろうか。

それが証拠に、他のインターネット上で取り上げられている、様々な市民活動は、盛り上がりも成果も見せているとは いえない。
特に最近は顕著だ。
インターネットが市民運動の有力なメディアであるなら、 これだけ当時と比べ、インターネットが普及しているのだからもっと成果なり具体的結論なりがどんどん出てきても おかしくないはずである。

私が思うに、巻原発も沖縄も、所詮はマスコミを介した 市民運動の結実にすぎないのではないだろうか。 確かに、インターネットがマスに関わる人達に 情報を提供するチャンネルとして働いたのは事実だが、 それ以上でもそれ以下でもないのではないか。

インターネット上で、同じ夢が見れると思っている 市民活動家の皆さん。もう一度、巻と沖縄の結果を 導いたのは何だったのか考えてみては如何だろうか。

確かに純粋な個人の力の結集という、 今までとは違ったスタイルの活動の勝利ではあっただろう。 しかしその個人を本当に集めたメディアは何だったの だろうか。

マルチメディアと表現教育

2000年5月15日 12:00

(この文章は私が、昨年(96年12月頃)に書いたものに、 若干の加筆訂正を加えたものです)

私たちが受けてきている表現教育は、あくまでも読み書きであって、 映像の論理や音声表現法ではありません。

そもそも学校では、私たちは表現技法をすべて文字のものを習います。 それだけではなく、論理も同じです。 たしかに、それは非常に重要なことであるとは思います。

しかしそれでは、いわゆる複合メディアの世界で物事を上手に誤解なく 伝えることは出来ないでしょう。

文字では伝わらないものを誤解なく伝える手法を私たちは全く学校では習いません。 同時に、それらを誤解なく受け取るすべも知りません。 現在の常識として、「映像は見れば分かるし音も聞けば分かる」という 考え方が蔓延しています。
しかし、

映像にも独特の論理

がありますし、 話し方にも文字体系とは違った論理が実際にあります。 これらをきちんと理解していれば、 ホームページ上で、音や映像を駆使したページを作っても 価値がある情報を作ることが出来るでしょう。 しかし、これを理解してなければ、ただの不便な、音と映像の データベースになるでしょう。

文部省は、中教審の答申において、 マルチメディア時代に対応した教育を考えるといって インターネットの活用などという大勘違いをしてますが、
インターネットの使い方だけ教えて、映像の論理と音の論理を教えなければ、 未来のパソコンの役目は、大きな紙のいらないファックスにしかならないでしょう。

そもそも、インターネットそれ自体とマルチメディアは違うものなのですから。

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