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科学哲学の話

科学による説明

1997年11月15日 00:00

いろんな場面で、科学による説明がなされているけど、 それってホントに適切なのかな?

いろんなTV番組で、なんか事件が起こるたびに、 ちょっと変わった殺人なら、心理学者が出てきて 心理学から説明するし、
毒ガスばらまけば、その道の化学や薬学の人が出てきて、 メチル基がどうのなんて解説するし、
地震や崖崩れが起これば、地質学者だのが出てきて、 プレートがどうの、地層がどうのなんて解説もする。

でも、彼らが本当に知りたいことを 説明してくれているんだろうか?

だいたい、多くの人が知りたいのは、
殺人者の心理ではなく、なぜ「かれ」が殺されたのかとか、 自分は大丈夫かどうかだろうし、
サリンがどんなメカニズムで生命を死に至らしめるかや、 どうやって作るかではなく、 なぜ地下鉄にサリンがばら撒かれたかであろうし、 具体的にどうすれば、自分の身が守れるかだろうし、
どんなメカニズムで直下型地震が起こるかではなく、 また、どんなメカニズムで崖崩れが起こるかではなく、 自分の住んでいるところは大丈夫かどうかであったり、 どこが安全かどうかであろう。

そんな事を説明するのにいちいち○○理論が云々、 というのはあんまり適切じゃない気がする。

確かに科学者の言い分としては、 そういう事がわからないと、彼らの知りたいことには 答えられないって所なんだろうけど。

なにがなんでも科学でっていう姿勢は考えものな気がする。

帰納法って?

1997年11月14日 00:00

よく科学の理論とかは、たくさんの証拠を集めてきて、 その証拠から、帰納法で作られるっていうけど、 帰納法って何だろう?

まぁ、日常的な感覚としては、たぶん
昨日お日様が出た
一昨日お日様が出た
三日前もお日様が出た
.........。
ていうのを見て(証拠を見て)、
毎日お日様が出る(理論、法則)。
っていうことを予測することだよね。

もう少し難しげに言えば、
ニュートンの万有引力の法則は、
リンゴと地球の間で正しい、
地球と月の間で正しい、
太陽と地球の間でも正しい、
太陽と他の天体の間でも正しい。
だから、全てのものの間で、
ニュートンの万有法則は正しい。

でも、だからって、科学の法則を信じていいのかな?
たとえばお日様。今まで昇ってたからって、
明日も登ることを何が保証してくれるんだろう?

ニュートンもそう。水星の軌道が計算に合わなくなって、 他の星を予測したけど、結局そんな星は見つからなかった。 (突然見つかるかも知んないけど)
で、アインシュタインが相対性理論持ち出して、 水星の軌道を上手に説明したけど、ニュートンの万有引力じゃ無理だった。
おんなじように、思考実験とはいえ、 量子力学のあるものは、相対性理論に反する。
これじゃぁ、どの理論も法則も間違いだらけじゃないの? なんて思えて来る。

おまけに相対性理論って実験の集積とは思えないし、 いろいろ科学者の伝記を見る限りでは、 ある日突然思い付いた的なものがほとんど。
おまけに、どんな法則にも間違いはあるし、 ほんとに帰納法が理論を生み出したり、理論の正しさを 保証しているんだろうか?

新興宗教と科学

1997年11月13日 00:00

まあ、新興宗教っていえば、やっぱりあれだよねぇ。
オ○ムとか、統○教会とか、壷売ったり、監禁したりする やばい人達でしょ?あまつさえ、サ○ンばらまいたりして、 他人に迷惑かけるあれでしょ。
あんなの教祖だの尊師だの盲信して暴走してる気の触れた 人の集団じゃない。
あんなのと科学に何の関係があるの?

そうお思いの方もいるのではないでしょうか。
Fの経験(といってもなんとか教に入信したことは ございません)によると、あれだけ素直な若い人を 引き付けてしまったのは、科学が片手を貸しているのです。

「何を馬鹿なことを。Fはやっぱり気が触れた。」
と思わず聞いてください。
従来の宗教と、新興宗教の勧誘に際しての、科学に対する スタンスは大きく違っています。従来の宗教の勧誘時の 科学の扱いは「科学では説明できないことがたくさんある」 それは、「人の心だったり、神の存在だったりする」 その部分をうめるのが宗教である。
と、見事な住み分けを主張しています。

ところが、新興宗教のスタンスは違います。 神の存在も、超常現象も科学的に証明される。そして、 現代科学よりも更に進んだ真理に近いことを我々は、 示していき証明していく。
と、現代科学を利用しているのです。
もっと言うと、我々が学校教育の中で教わる、 科学が物質世界の真理であるというスタンスを 逆手にとって、宗教に取り込んでるのです。

でも、この時、宗教家達のいう科学ってなんでしょうか?
科学って何?という問いをきちんと考えているなら、 答えを持ってなくても、ずいぶん怪しい話だぞ! ていう風に思えると思うけど。

発明と発見

1997年10月12日 00:00

発明と発見は科学の偉大な成果として、よく扱われます。 発明と発見の違いは何かといわれれば、たいていは、 発明というのは何か新しいものを作り出す事で、 発見というのはすでに存在していたが、今まで知られて いなかったものを見つける事だと思う。
で、科学の中で、発明と発見てどれがどれなんだろう?

たとえば、冥王星。これは発見らしい。
万有引力。これも発見らしい。
分子。これも発見らしい。
何とかっていう種類の動物。これも発見だ。

じゃあ、発明って何だろう?
たとえば、蒸気機関。これは発明のようだ。
電球。これも発明のようだ。
半導体。これも発明だ。
ロケット。これも発明だ。

こうしてみると発明ははっきりしてる。
人間の手で作られたものだ。 そうすると、科学というよりは、工学と呼ばれるの かもしれない。 それらが科学の成果といわれるのは、科学の理論が予測した事が出来るからのようだ。

じゃあ、科学の理論は、発見なのだろうか?
たとえば、アメリカ大陸の発見。これは、普通に僕らが 知らなかったものを見つけただけである。
では、分子はどうだろうか? 本当に存在しているはずのものを単純に見つけた、 といえるだろうか?

たとえば、分子を実験のつじつまが合うから「考え出した」 のなら、それは「人間が作った」のだから、 発見ではないのではないのではないかという気がする。 それはむしろ、発明ともいうべきではないだろうか。

そうやって考えると、科学は確かに経験や実験に 一致するけど、僕らが知らなかったものを単純に見つけた とは言いにくいのではないだろうか。

しかし、そうすると 科学の中で何が発見で何を発明とすればいいんだろう?

合理的って何だろう?

1997年10月11日 00:00

そういう時は合理的に考えよう。なんていうよね。 あと、世間でいわれている「合理化」なんていう言葉もある。 合理ってなんなんだろうね?
文字通りに理解すれば、
理に合う。(漢文風にレ点かなんか付けて)
だとおもう。 理って何だろう?理屈?

合理的な推論を積み重ねて行けば、正しい結果に行き着く。 とよく言うよね。だから、科学ってのは、 客観的なデータから、合理的な推論にのっとって 進めていくので、出てきた結果は正しいという。
けど、ほんと?
科学の推論が合理的かどうかを置いておいても、 どういう推論が合理的か分からないから、 もう一回同じ質問に帰ってくる。

合理的ってなに?

取り合えず、合理化って言葉は人減らしの事だよね。 組織を運営する上で必要ない人を首にする事でしょ。 じゃあ、合理的に考えるってのは、必要の無い事を 考えない事だよね?
でも、違うのかな?
たとえば、みんなでお酒を飲んだとき、お金を払うよね、 その時、ただ均等に割るのと食べた分で割るのって どっちが合理的なんだろう?
払うのにかかる時間まで考えると、どっちとも単純には 言えなくなってくる。このとき時間を考えるのが 必要かどうかはどうやって決めるんだろう?

科学は沢山新しいことを考え出してるよね。 新しい事を考え出した人はやっぱり合理的じゃないと思う。 だって、必要かどうかは、今までやってみた範囲でしか 判断できないんだから。新しい事って今までやった事 無い事だからでしょ。

でも、古いことにしがみつくのは合理的じゃないってよく言う。 そうすると、今までの私の話は違うってことになる。 そうするとまた考えることになる。

合理的ってなに?

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