1. ホーム
  2. のらマネージャーのブログ
  3. 科学哲学の話

科学哲学の話

もう許して頂戴。ホリスティック

1998年12月 7日 00:00

最近は全体主義(ホリスティックなんて言い方をするみたい)大流行りですな。 医療に癒しに農法に。個人的に何がなんだかチンプンカンプンなこと書いてあるし。我が故郷の田舎の某所でもその手合いがのさばっているし。

まぁ、彼らの主張を一生懸命読んで、汲み取るに「ものごと部分で考えてはイカン!全体で考えるんじゃ!」という主張らしい。で、一歩進んで「ものごとは全体こそが重要だ。全体で理解せよ」となり、極まっては、「部分でことを理解する科学は悪じゃ!わがホリスティック教こそが真じゃ!」ということらしい。

全体でものごとを考えさえすれば、世界は救われるという主張か。それって、政治的な全体主義と変わらん。ヒトラーじゃヒトラー。ホーリズムとファシズムは違うじゃろ。
で、元々のホーリズムってなんだっけ?クワインの主張するところは主張するところとして、他のコーナー(少し難しいお話)で読んでもらうとして、その主張をかなり乱暴に読み解くと、
「科学の理論体系のうち一つの理論をテストするとして、そのテストのためには沢山の付随する理論があるから、その付随する理論のせいで、目的の理論の真偽判断がままならん。」
ということ。で、付随理論の真偽判定がある程度、十分に機能していたり、何らかの理由で十分に受容されていれば、その真偽判定もOKってことでもある。
いわば「部分が悪じゃ」という否定の議論じゃなくて「部分を理解するのって実は大変よ」ってのが主張。で、実はある一定の全体を実験して理解しているのに「部分を理解した気になっちゃイカンよ」ということ。

なんで、本家ホーリズム(ホーリスティックな考え)は「科学=部分の理解の積み上げ」ということを言ってるんじゃなくて、「科学というものは、本質的に部分を理解するのが困難な手法ですよ」といっているんです。
なんのかんの言って、全体を無視しちゃ行けないけど、部分を理解するってことは別の意味で非常に重要なことなんですね。お願いだから、そこんとこ良く理解して、現代科学の批判にホーリズムを乱用するのは辞めようね。

このコラム読者が、おかしなホーリスティックに引っかからないことを祈りつつ。 と、同時にそういう主張をする人はクワインぐらいは読もうね。

Quantum Mechanics

1998年7月 6日 00:00

Quantum Mechanics(7章から9章)
Bas.C.van Fraassen
今後、TXTだけではなく、順次PDF等もアップして行く予定です。

7章
(Tex!,PDF!)、(Tex!,PDF!)、
8章

9章

相対主義

1998年7月 5日 00:00

多くの書籍等々で議論されているので、ここではポイントを羅列し簡単な基本の要約だけを行う。

1.科学は累積的知識によって進歩するという考え方の否定
科学は原則的には変化はしても進歩はしない。ただし、あるパラダイムの中で パラダイム初期から後期に向けてはそのパラダイムの中で進歩的なことはあり得る。

2.科学の研究はパラダイムと呼ばれる枠組の中で行われる
パラダイムの意味はあまりに広く曖昧な為、多くの科学哲学者に攻撃されるが、 大雑把にいって、科学者集団が解くべき問題の集合(問題領域)、 解法の集合(理論体系)、からなる。倫理規範体系や、考え方なんかを含むこともあるが 科学哲学の議論では、そこまで広げる必要性も薄いだろう。

3.パラダイムにそぐわない観察事例(変則事例)の蓄積がパラダイムの否定の引き金になる
パラダイムの持つ解法の集合をいかに駆使しても、説明できないイレギュラーな 現象を指す。

4.新しいパラダイムは古いパラダイムにおいて変則事例とされていたものを説明出来るものになっている。
ここで、ポイントなのは、古いパラダイムで説明出来ることが、 新しいパラダイムで説明できなくても良いという点である。 酸素のパラダイムではフロギストンのパラダイムで説明して いたようなことを無理に説明する必要はないのである。

5.新しいパラダイムと古いパラダイムの間で、命題Aや語bのようなものが一見共通に使われていても、それの指すところは全く共有されない。(共役不可能性)
これは、ニュートン力学の「質量」というのと相対性理論の「質量」は 全く同じ語であるが(当然直感的に同じことを指しているように感じるが)、 全く違うものを指していると考えるのである。

ただ、非常におもしろいところをついてはいるが、あまりにラディカルなので否定されている。とはいえ、色々な人が少しづつ修正を加えたり、自分の論に取り入れたりしていまだに、日本では人気のある立場である。

ベイズ主義

1998年6月 4日 00:00

確率を仮説を真と考えるという「信念の度合い」とする立場。反証主義など多くの科学哲学上の立場が仮説を支持する証拠が増えることによって、その仮説の確からしさを増大させるという帰納法的立場を棄却してきた。
しかし、このベイズ主義は確率論に出てくるベイズの定理を援用し、仮説を支持する証拠を集めることによって仮説を真とする信念を増大させるということを合理的であるとする。
ベイズの定理と言うのは
P(H/E)=P(H)・P(E/H)/P(E)
という条件確率の定理である。この時、Eを証拠、Hを仮説とすると
P(H/E)というのは、
「証拠Eが発見された時の仮説Hを真と考える信念」
と読みかえることができる。
EはHを支持する証拠であるから、EはHを含意するのでP(E/H)は一般に1で、0 P(H/E)>P(H)
である。さらに言えば、証拠2であるE2を発見したとすれば
同様に
P(H/E・E2)>P(H/E)>P(H)
となり、証拠を重ねることにより、真であるという信念の度合いは増大して行くのである。

ただし、ここでポイントとして言えるのは、あくまで「信念の度合い」という 非常に主観的な取り扱いであり、証拠を重ねるからといって理論それ自体の真偽には無関係である。さらに、P(H)の初期値をどのようにとるべきかという問題などベイズ主義にはクリアすべき問題も多い。
しかし、AIなどコンピューティングの進歩とあいまって定量的に計算できるベイズ主義への注目と応用は非常に高まってきている。

ボーム解釈

1998年6月 3日 00:00

量子力学の解釈の大半が波動関数がいかなる世界像を生み出すかという事を 明確にできずに多くの場合苦戦している。 多くの場合、電子は波でありかつ粒子であるといったような、 われわれの頭ではなかなかうまく考えられないものになりがちである。

しかし、ボームはその波動関数を巧みに変換する事により、 古典力学の粒子の運動方程式に近い物を導出した。 そうする事により、量子力学の世界を「明確な粒子」と「粒子を誘導する波(もしくはレール)」が存在するものと理解することを可能にした。

1粒子の場合を用いて、そのやり方の概要を少し示していこう。
位置ベクトルx=(x,y,z)とあらわす。
さて、まずは一般の波動関数をあらわすシュレディンガー方程式を考えよう。
V:古典的なポテンシャルエネルギー
v:粒子の速度 m:粒子の質量
h:プランク定数
i:複素数
t:時間
シュレディンガー方程式は
ih(∂Ψ/∂t)=-(h2/2m)∇2Ψ+VΨ
でこのとき波動関数Ψは
Ψ=R(x)exp(iS(x,t)/h)
ここまでは普通の量子力学のやり方である。
大抵は、このΨを二乗する事により確率解釈へと進む。

さて、これからがBohmのやり口である。
この二つの式を変形すると次ぎの式が得られる。
∂S/∂t=-[((∇S)2/2m)+V-((h2/2m)(∇2R/R))]
さて、この式は既存の古典力学の運動方程式と良く似た形式である。
そこで、
運動量mv=∇S
最後の項を量子ポテンシャルQとする。
Q=-((h2/2m)(∇2R/R))
そうすると、粒子のエネルギーEの方程式

‐∂S/∂t=E=[mv2+V+Q]

が描ける。ここからQを取り去ると、古典力学の粒子のエネルギーである。 この式をさらに変換する事により、個々の粒子の運動を決定主義的に 理解する事が可能である。 しかも、粒子の集合全体としての確率的挙動の性質も問題なく この理論から導き出される。しかし、ボームの解釈を展開するには多体系での煩雑さなど問題点は少なくない。さらにボームが導入した量子ポテンシャルQがいったいいかなるものかも、まだ明確ではない。

アイリンクへのお問い合わせ

お問い合わせメールフォームはこちら

2016年12月移転 北海道旭川市神楽1条7丁目4−8 お問合わせはメール・SNSアカウントで mail
  • twitter
  • facebook
  • google
  • noimage
  • noimage
  • noimage