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ゲームの話

ハンディキャップユーザーとゲーム

1997年8月12日 23:30

今、デジタルメディアの世界はマルチメディア化に乗っかって、 多種多様の表現手法を生み出していっている。 それは、TVゲームも同様である。
しかしそれらの表現手法も、メディアの本来の目的である、 「伝えること」に使われなければ意味はない。

華麗なデジタルアニメーション、迫力のサウンド。 これらが伝えることの大きさは絶大だ。 しかしこれらを享受できないユーザーがいるとすれば、 それはまったく無意味ではないのか?

先日はっとさせられる、ホームページ(1997時点。現在はサイト閉鎖のため見られない)に出会った。 そこには字幕付のゲームが紹介されているのだ。

こういう観点に立てば、確かにデジタルメディアの ヒューマンインターフェースは不親切である。 目の不自由な方には、あのマッキントシュといえど、 物理的キー接触で判定する、DOSの方が親切だろう。 また、そのページ著者がおっしゃられているように、 音だけのゲームなど、耳の不自由な方には、 何の価値もないだろう。
TVゲームがメディアなら、こういうことにも気を配るべきだろう。 私も、こういうことに気を配っていなかった。 ハンディキャップのある方の社会的インフラ不足についての 関心はあったものの、こんな身近なところに不親切が 横たわっているのに気が付かなかった。

話を戻すが、人によっては、こう言うかもしれない。
「じゃあ、遊ばなければいいじゃない。他にも娯楽なり、 メディアなりあるじゃない」

果たして、その様に言い切れるだろうか?
デジタルメディアは、既存のメディアと大きく違い、 既存のメディアでは代えられない、利便性や、革新性がある。 そして、将来多くのメディアが、 このデジタルメディアに席巻されたとき、 ハンディキャップを持つ人たちにとって、メディアのない世界に なってしまうのではないか?

これらは杞憂かもしれないが、こういった未来を作らないためにも、 身近なところから気遣っていくべきだろう。

ゲームとアイヌ問題~ナコルルを通じて~

1997年7月24日 23:30

ゲームを単純に「おもちゃ」と考えていいものであろうか?
私のかんがえでは「否」だ。メッセージなり、面白さなりを 「伝えたい」製作者がいて、それを受け取り、感じ取る ユーザーがいるのだから、その間を取り持つゲームは 立派なメディアだ。

メディアである以上、伝わるものに誤解はない方が 良いだろうし、誤ったことは伝わらない方が良いと思う。 それがゆえにTVの世界では、様々な問題を 引き起こしている。
最近減ったが、そういったものの一つに民族問題の扱いがある。TVで、多くの民族が誤った価値観と固定観念で伝えられ 続けたのは明らかな事実だ。 これはメディアとしてはあまりよくない傾向だとおもう。 そして今、TVゲームも同じ轍を踏もうとしているようだ。

一つ 興味深い指摘がWeb上で見られる。(1997時点。現在はサイト閉鎖のため見られない。)
この趣旨を見ると、いろいろな意見を持つ方もいるだろう。 個人的にはチュプチセコルさんの意見には賛成だ。 多くの方が、この問題に無頓着だし、 アイヌ問題を多少知ってる方でも、アイヌに対する理解は? という方が多い気がする。(私だってたかが知れるとは思う)

ナコルルはそんな中で、数少ないポジティブイメージな キャラである。だからこそ、ほんの少しの修正で済むことは、 修正して欲しいのである。(行き過ぎたネガティブイメージ のものは修正でなく止めてくれと思う) また、アイヌの方々も、「どうせ和人には分からん」と 沈黙せずにどんどん指摘して欲しいのである。 そうした言葉の交流が、TVゲームを、ある意味で TV以上の「大人のメディア」に育てることに なるのではないだろうか。

TVのように、今、ゲームの制作とユーザーの 乖離が始まってきている。乖離しきってしまっては、 この交流は期待できなくなる。
TVゲームをただのおもちゃ以上のものにするためにも、 今こそ、あらゆる立場の人が多くの言葉を交わすべきだと 思う。

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