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ゲームの話

時代とともに価値観は変わるんだね。

2012年3月 8日 10:47

すごく久しぶりにゲームの話題でも。昔は結構書いていたんですよね。こんな記事を見つけた。

ビデオゲームで脳が変化、創造性向上に効果(ウォルストリートジャーナル日本語版)

これもある種のゲーム脳の話しなわけなんだけど、今までのものと論調が180度逆。
なんというか、「ゲームをやることが脳に一切合財の影響が無い」、ということは多分間違っているというのはわかる。でも、ゲームをやることが脳にいい、とか、脳に悪い、という価値観交じりのジャッジって無理なような気もするんだよね。ゲームをやると脳がこう変わる。それ以上の話は、どう転んでもミスリードでしかないわけで。

とはいえ、自分がゲーム世代なので、この記事の論調はおおむね実感としてそう思う。たぶん過去のゲーム脳によるゲームの批判って、はじめに、自分が理解できない、自分にとって気に入らない「ゲーム」というものがあって、それが引き起こす変化は悪いものに違いないって、基本的な要請が社会にあったからなんだと思う。

多分、日に日に、ゲームが当たり前だった僕らより下の世代が社会のそれなりのシェアを占めてくれば、そこは良いも悪いも無く当たり前なので、普通に起こることを普通に判断できるんではないかと。
僕らの世代はまだゲームをやるのは大人に取って悪いことで、同年代にとってはちょっとキモイおたくって言われるぐらいな感じだったし。でもいつの間にやら僕らより10年も若い世代にはゲームで遊んだり時間つぶすのが当たり前になってたしね。
時代とともに、科学っぽい代物もその価値判断を変えていくんだなぁと、その研究内容の指し示すものより、その論調に感心してしまいました。

TVゲームのインターフェース

2005年7月10日 23:30

こんなコラムを書いている私も、いつのまにやら見事に人の親になり、ゲームをやる世代ではなく、子供にゲームをやらせる側の世代になってきた。

明らかに家庭用のゲームは変化してきているなと思う。大きく変わったのはインターフェースだ。基本的に、私たちのことはジョイパッドなりジョイスティックを使いこなせないと遊べない、それさえ使いこなせれば遊べるという代物だった。多ボタン化していく中で私はプレーヤーとしては見事に落伍していった。

しかし、今、子供用のゲームはすごい。画像は一昔前の8bit時代のゲーム機のそれなんだけど、入力インターフェースが多彩だ。マイクを中心としたカラオケ採点機能と連動したゲーム、PICOのようなペン入力、モニタに簡単なセンサーをつけてスティックで、魔法使いのように操作するゲーム、などなど、全身をフルに使うゲームばかりだ。更には、EYE TOYのように、自分が画面に登場するものまである。

むかしは、こういうのはマイナーで、ファミリートレーナとか一部のものだったが、今では子供(幼児)向けゲームでは明らかに主流だ。だんだん、リアルとモニターの向こう側の世界の境界が薄くなってきた気がする。ゲームと現実を切り分けることが本当にできなくなってしまうのではないだろうか。

この子供たちが僕らぐらいになった時に、TVゲームという遊びの世界はいったいどうなっているんだろう。

いけいけ人間パックマン

2004年6月10日 23:30

ワイアードを眺めていると、こんな記事が出ていた。
携帯電話を駆使した「人間パックマン・ゲーム」
http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/20040527204.html

これを見た時に、ゲームに触りたての頃、これが現実だったら面白いだろうにと、ちょっと妄想していた頃のことを思い出す人は私だけじゃないだろう。 ゲームセンター嵐なんて漫画でも、よく現実にそれをやっちゃうネタなんて沢山あったし、実際にやってみたいなぁと思ったこともしばしば。

ゲームのリアルとの繋がりの進化は、SEGAのハングオン以降、リアルのことをリアルに体感させるという方向(ビートマやら太鼓やら)と、SEGAのスペースハリアー以降のモニター中の出来事を体に伝えるという方向の二つに大別できる。

今回のリアルとゲームの融合は、どっちの流れもある面で取り入れた、と同時に、どっちも無視したようなまったく新機軸の遊びだ。ルールブックや実施方法はhttp://pacmanhattan.com/に出ている。感心のある方は是非、あなたの街で挑戦してもらいたい。

デジタルな技術の進歩が生み出した遊びではあるが、どこまでもリアルで、どこまでもアナログなゲームのスタイル。こういう試みはこれから広がっていくのだろうか。

大人と子供と地域とゲーム

2004年4月15日 23:30

この4月(2004年)に、文部科学省から、一つの調査報告書が出された。
「子どもとテレビゲーム」に関するNPO等についての調査研究-米国を中心に- というものだ。

おそらく日本で初めての、総合的なゲームの個人や社会への影響に対する社会的な取り組み(な、長い.....。)をまとめた調査報告書だろう。
少し長いがぜひ各人に読んで頂きたいものである。
ざっと目を通した概要というかポイントと思えた点は

・万人にとってゲームがある生活があたりまえという前提
・ゲームは絶対悪でも必要悪でもなく、有用性と弊害を共に持つものであるという前提
・そうした二面性を持つ文明の利器をどう活用するかという方向性
・業界と公的機関と家庭の3者のみの対応の次元を超える対応策

この4点だ。個人的には上3つはあたりまえのスタンスでゲームというものと長らく付き合ってきたが、こうした公的な調査報告書で、このスタイルが前面に出ていることは、時代の流れといえるだろう。ゲーム世代が親になった結果とも言えなくも無い。

ただ、なるほどなぁと思えたのは、NPOという新しい対策手法の登場である。
実際に、TVゲームに関して、活用するにせよ、対策するにせよ、今までのスタンスでは「業界が儲けから責任を取れ」とか「家庭が自己責任で子供を管理せよ」や「(学校等の公的設備が)国費でやれ」という対立の3択がメインであった。
この報告ではこうした対立の構図ではなく、新しいゲームとの付き合い方の地平を地域等のコミュニティに求め、建設的な問題解決を促進している事例や取り組みを紹介している。
いわば立場がどうかということを超え、一人の大人として、みんなでベターな解決策を考えて、それぞれの立場でその解決策を最大限実施していくということだ。地域コミュニティやNPOの活動スタイルがまさにそれに最も近いものといえる。

メディアとしてのゲームが複雑化した今、地域に根差したNPOというスタイルの組織と各者各様の専門機関が連携する解決策を模索しつつあることは大変望ましい。こうしたTVゲームと子供の関わりを考えていくNPO組織が日本でも生まれて行くことを望みたい。

また、こうした活動を実践されている方がいれば是非ご一報ください。

次世代機とゲームとメディア

2004年2月15日 23:30

今度はもはや何世代目だか分からないが、PS2だのXBOXだのという 製品が市場に投入され、色々世間を騒がしているようである。
最近、ゲーム機でとんと遊ばなくなって来たが、産業として ゲーム市場を考えた場合、そろそろ自分たちが売っているものが なんなのかを、しっかりと見極めるべき時期に来ているのではないだろうか?

ゲームとメディアの境界が議論されて久しい。特に、コンピューティングと 結びつくリアルタイムな双方向性を備えるものとして、TVゲームと言われるものに 次世代のメディアとしての可能性を託し、いわゆる「マルチメディア」としての ゲームを実現する為に、そのハードウェア、ソフトウェアは進化を続けて きているようにも見える。その議論はPSが登場した当たりで一度は最高潮にまで達した。
しかしながら、その議論に答えは出たのだろうか。
ゲームというメディアが本当に確立したといえるのだろうか?
そもそも、ゲームはメディア足りうるのであろうか?
また、ゲームというメディアが存立した場合、それは他のメディアとどう違い 何が消費者に求められているのであろうか?
どれも、きちんとした答えは生まれていないように思う。

消費者も愚かではない。消費者がメディアとしてのゲームを買うのであれば その生き残っていくものが、本来の消費者が必要とするメディアとしての TVゲームである。他方、どんなにメディアらしいTVゲームであっても、 それが支持されなければ、ゲームというメディアとしては失格とも言える。

多くのメディアと呼ばれるものは定着するのに100年単位で時間がかかっている。
そういう意味では、この回答がいまの次世代機ブームという進化の過程で すぐに出るものでもないかもしれない。他方で、WWWやeメールの用に インターネットインフラ上で短期間でメディアとしての地位を築き 生活基盤に影響を持つまでになったものもある。

TVゲームはメディアなのか?
そしてメディアであればどういうメディアといえるのだろうか?
ゲームに関わる産業は、こういう本質的な問いを、再度議論する 価値があるだろう。

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