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地域情報化論考

情報化って?~住民ディレクターを通じて~

2004年1月 2日 23:30

2003年も師走。で、人生最南端到達。福岡から特急に乗って、かっぱの町、八代に到着しホームで弁当の駅売りをしているちょっと怖目のかっぱに扮した駅弁売りのおじさんを眺めながら乗換。
あとは、どこまで行っても田舎。ビジネスの喧燥を忘れてのんびりしたくなる風景だ。
その終着駅到着。そこが目的地の人吉市だ。
で、そんな田舎に何しに来たのかといえば、元祖地域情報化を見るためだ。

IT業界の仕事に入って以来、ずっと地域情報化に関わって各地を取材してきた。しかし、東京において高く評価されている事例を見れば見るほど、理由は分からないがすごい違和感を感じてきた。で、2000年のそんなある日、とある講演でパネラーで一緒になった、有限会社プリズム社長の岸本氏が中心となって行われている地域情報化の事例を聞いた時、「これだ!」と思った。その活動が、九州熊本にある人吉球磨地方の「住民ディレクター」なのだ。

■私が地域情報化を切る原点

実は、岸本さんにであってこの活動を紹介してもらうまで、地域情報化というのは地域の情報インフラを整え、地域住民が新しい双方向メディアに馴染むことこそが地域情報化だとばかり思ってきていた。インターネットの普及による新しいメディアの到来を感じていた私には、それ以外の地域情報化という視点はあまりなかった。しかし、これは「情報化」ではなく「情報化されたものの流通手法の変化」に過ぎないものだということに気がつき、自分の違和感が払拭されたのを良く覚えている。

3年の越しの想い人ではないが、ようやくスケジュールも合い、心躍らせての訪問となった。

人吉球磨の「住民ディレクターによる地域情報化」は、1992年の山江村を発祥とし、地道に人材を増やしながら、現在はそのエリア全域での活動となってきている。活動のポイントは何かといえば、住民がディレクターとなりTV番組を作る事。文字どおり「住民ディレクター」なのだ。その上で、制作した番組を地元のCATV、地元の地上波、地元のCSチャンネルなどに供給して放映し、加えてインターネットでも動画の放送を始めた。

この活動が、私にとって元祖地域情報化と呼べるものであるのかというと、情報化というのは現実の「人、こと、もの」を、情報というものに変換して流通可能な状態にするということだ。で、例えば、TVのディレクターというのはそれを商売としていて、色々な「人、こと、もの」を情報に変えて流して飯を食っている。
そういう意味では情報化を商売とする人々は昔からいたのであるが、「地域」での情報化の本質はどこにあるのだろうか?

■地域情報化の本来の意味

地域の情報化なのだから

・地域の「人、こと、もの」を情報に変化させる。

のは大前提なのだが、次は意見が分かれることになるだろう

・地域の「人、こと、もの」を
 「外の目で客観的な価値基準に基づいて」情報に変化させる。

・地域の「人、こと、もの」を
 「地域人の主観的な価値基準に基づいて」情報に変化させる。

両方の情報化が行われていることは重要であることは明白だとおもう。
前者については、地方放送局や雑誌社、新聞社などがそういう意味での情報への変換は行なっており、特に今更、どうこうするべきものではないかもしれない。その部分の情報については、「情報化されたものの流通手法の変化」としてのインターネットなどによる情報インフラの整備は、色々な意味やインパクトを持つといえよう。

しかしながら、後者の観点の情報化はどうであろうか?
実は、これについては行われているようで、それ程行われてはいないというのが、実感である。地域ミニコミ誌など、じわじわではあるが、地域の「人、こと、もの」の情報への変換は行なわれているものの、他方で「見るに耐えない」情報が多いのも事実である。情報への変換が一人よがりであったり、基本的な手法を抑えていないからというのも現実である。

前者の情報化はプロ化した人が行なうため、このような問題点はないものの、後者のような「地域の主観(地域の価値観に基づき相対化された視点)」な視点はなく、ある意味で地域の外の人のための地域情報になりがちである。
人吉球磨地方の住民ディレクターは、「地域情報化」という観点で考えると、その最大の価値は後者の意味での地域情報化であるという価値に他ならないのだ。

■住民ディレクターの価値

たしかに「他地域と地域情報化の取り組みを比較するという観点」で考えれば、上記のような見方になる。人吉球磨という地域そのものから見ると、住民ディレクターとその活動が持つ意味合いは必ずしもそうではない。

実は、最もポイントとなるのはこの活動において、共有されていなかった番組を通じて二つのものが共有されることだ。

・番組を作るプロセスの共有
・番組を通じた情報の共有

どの関係者も「住民ディレクターは番組制作のディレクターではなく地域作りのディレクターなのだ」ということ異口同音で述べている。実は番組を制作するプロセスと、地域づくりやまちづくりのプロセスは非常に似ているのである。
構想力、リサーチ力、構成力、広報力、リーダーシップの5つの力が、どちらの活動にも必須なのだ。こうした力を番組の制作プロセスを地域住民に体験させ、地域作りの人材を育成するというところが狙いなのだ。
いわば、地域においてプロセスの共有をすることで、いざという時に一人でも多くの有為の人材を確保することができるのである。

そして、力をつけるだけなら、おそらくは他の手法もあるであろうが、より強い地域を作ることを考えた時に、共通の地域への理解は非常に重要である。地域の人々が自分達の手で作った番組を通じて情報を共有することで、東京や大都市を中心とした価値観で相対化された情報ではなく、「地域の主観(地域の価値観に基づき相対化された視点)」に基づいた、地域の生きた情報共有がなされるのである。
この共有情報をもとに、有機的に連動したまちづくりを行なう事が可能になるのである。

■地域情報化と地域

プロセス共有を通じて、行なわれる活動はさらに視点を付加していき、「かちゃり(≒語り)バンク」という、人材育成活動へと流れていっている。地域情報化を通じて得られるものをシッカリと考えて、ストレートに活動に取り組んだ結果が人吉球磨の成功を生んだといっても過言ではないだろう。

実際の番組収録の風景を山江村までお邪魔をして、拝見させて頂いた。私も短い間とはいえ元TVディレクターである。素人のお手並み拝見、と気楽に見に行った。が、そこいらの地方局でのプロが行なう番組作りと水準は全く変わらない非常に優れたものであった。正直いって驚愕した。その収録の後、地元自慢の球磨焼酎を楽しみながら、現在の悩みを、住民ディレクター0号で、元祖住民ディレクター活動エリアの山江村の村長の内山氏に話を聞いた。すると「情報化した情報は一杯あるけど、流すインフラが無いんですよね。実は地元住民は自分で作った番組を見れないの(笑)」と、軽く地元エリアにCATVやらブロードバンドインフラの無い現状をのべていた。情報の共有プロセスは、実は、一部地域にかぎられている側面もあるのだ。

この内山村長の発言を読んで、「うちのエリアはブロードバンドが来たぞ」とか、「助成金をうまく持ってきてCATVがあるぞ」とか「やっぱりインフラが一番大事なのだ」などと威張る御仁に問いたい。「で、あなたのエリアでは、まちづくりの人材を何人生み出しましたか?そして、あなた方のコンテンツをどれだけの人が感動を持ってみますか?」と。
さらに、そうしたインフラ活動を高く評価する、役人や評論家にも問いたい。「地域情報なき地域情報インフラに何の意味があるのですか」と。むりやりIP情報インフラを導入して、得をするのは結局ITゼネコンなんていうおかしなODA的な構造に付き合うぐらいなら、IPインフラなき地域情報化のほうが、地域とそこに住む人々にとってはよっぽど素晴らしいのではないだろうか。
地域情報化を推進される立場の方、評論する立場の方には、ぜひご一考頂きたいものだ。

帰途につき、車窓から見える小雪の舞う人吉球磨エリアの風景を眺めながら、こんな事を考えさせられた一泊二日の短い取材を終えた。

地域情報化の最大の敵は「くるくるバス」だ

2003年11月 2日 23:30

前回に続き、今回もお気楽路線はまだまだ続きます。みなさん、自動車免許って持ってます?自動車持ってます?乗り回してます?実は、私は無免許です。運転できません。必然的に私の移動方法は、徒歩、自転車、公共交通機関となってきます。が、この愛知県ミカワ地区は鬼です。天下のトヨタ様のお膝元だけあって「成年男子で自動車をもたずんば、人にあらず」ってなもんで、バスじゃなくて自動車に乗れ!ということで、公共交通機関は壊滅的な状況でした。

それが、ある日、状況が一変しました。うちの隣の市、碧南市が「くるくるバス」というワンコイン(100円)の地域循環バスを走らせたのを皮切りに、あれよあれよという間に、近隣市町村が一気に導入してきて、かなりの数のバスが走り出しました。うちの地域は安城くるくるバスってことで「あんくるバス」というネーミング。しかもみんなバリアフリーを考えローステップに車椅子スペース付き。
あんくるバス万歳!地域巡回バス万歳!
ところが、どいつもこいつも、微妙に赤字なんですね。まぁ、赤字といっても、伝説の国鉄深名線のように派手な赤字ではないんですが、ペイしていないんですね。
でも、赤字でも良いと思うんですね。「ある物」と、費用対効果を比較のうえ、「ある物」かそれとも循環バスを取れば良いと思います。その「ある物」とは、そう、公的な資金で運営している地域ネットインフラです。

なぜ、僕がそう考えているのか順を追って説明しましょう。

「情報化とは何か?」

情報化を次のように定義しましょう。

1)人事物を記号化して、情報として流通できる状態にすること。

単に、物事を情報にするってことです。物事を情報に化けさせること。で、情報化。でも、実際、消費されない情報なんて妄想と変わりませんから、意味のある情報化っていうのは、現実には、

2)記号化した情報を流通させること。

3)各人が情報を取得して何らかの効果を得る。

というステップが必要になります。インターネットによる情報化って言うのは、ある面では流通手法の違いであって、2の部分への最大の革新といえます。地域情報化って、この1~3が地域内で活発に行われている状態にすることです。さらに進めば、3が地域の外のこともあれば、1が地域の外ということもありえます。だけど、1が地域の外の事例や、3が地域の外の事例を前提としている、地域情報化はすくないと思う。
そういう地域内での情報流通を促進させるために、地域のネットインフラはあると考えて良いと思う。

「で、バス」

でも、ここでよく考えよう。地域にとっては、結局、3さえなされれば良いのだ。で、そのために必要な1のステップを担うのは、地域で物事を見聞きしてきた人間である。そこで登場する考え方が「会って話しちゃえば良いんじゃないの?」ということだ。で、そのあって話す頻度を増やすことが出来れば、地域住民がろくに使いこなせないネットワークシステムを入れるよりもよっぽど、その方が良いことになる。
いわば、1のステップで、記号化の作業をせずに、実物=人間をそのまま流通させちゃう機構としての地域循環バスとして捉えると、まさに下手な地域情報化のツールよりも安く地域活性化につながる可能性は高い。いわば、田舎においては地域循環バスこそが地域型ネットインフラの最大の敵ともいえる。

「しかもバスはこんなに優しい」

しかも、バスはITと比べて遥かに障害者デバイドは低い。特に、最近の福祉対応型といえるバスに関しては、特にそうだ。ITツールがハンディキャップのある人にとって使いやすくなってきたとは言え、バスに乗って会って話すほうがよっぽど楽なのが現実だ。
しかも、IT機器の敷居は地域のジジババにとって、正直いってえらい高いが、バスの敷居は、何といってもローステップ。お気軽なこと請け合い。デバイドは少しはあるけど、デジタルデバイドよりはよっぽど優しい。
もっとも、うちの近所の場合、よっぽどバスというものをしならない人々が多く、バス内で両替が出来ることすら知らない人続出。それなりに細かなバスデバイドはあったりするが、笑い話になる程度のことで、利用には困らない。

こう考えると、どうせ地域の自治体が引くような光インフラなんて、どうせ自治体の持ち出しなんだから、バスとの赤字幅と比べたらネットのほうが費用対効果も厳しいような。いまだITバブル、地域情報化バブルに躍らされていない地方自治体の方。是非一度真剣に地域循環バスの導入を検討してみてはいかが?
大型ITインフラよりよっぽど安くて、効果的。だと思うのですが。

ITとバスを対立させてこんな事を書いてはいますが、私個人はIT屋ですから、携帯ブラウザ専用のバス路線検索やら乗換検索を作ったりして、一人で便利なバスライフを送っているんですけどね。

地域情報化の要諦は町内会プロトコルの復権

2003年9月 2日 23:30

ここのところ、このコラム、「お気楽」をうたいながら案外しっかりと取材してきたりして、やってるほうがあんまりお気楽じゃないので、今回は、ろくに取材もしないで思い付いたことをつらつら書こうと思う。

今時、地域情報化と言うと、何かにつけて、IP(インターネットプロトコル)という言葉がついてまわるようだ。ではプロトコルというのは一体何かというと、ご存知の人はご存知のように「約束事」のことだ。「お笑い」の世界でよく使われる「お約束」というやつだ(とはいえ、お笑いの世界の「お約束」を本当にプロトコルと翻訳するかどうかは知らない)。というわけで、インターネットプロトコルと言うのは、ネットワーク間や全ネットワークを通じてデータをやりとりをする時の「お約束」ってことになる。

地域情報化の場合を考えてみると、IPをベースにネットワークを構築すると言うことは、地域のネットワークの外とも「お約束」を一緒にするということになる。つまり、「グローバルなお約束事」で、地域の中の情報のやり取りを揃えましょってことになる。
でも、それって、地域の個性を生かした情報化から外れてしまうんじゃないだろうか?地域の個性って、ある種の内輪受けのような要素もあると思うし、しかも、その内輪受けというのは「地域のお約束」で規定されたりしているような気がする。

IPが存在する以前でも、地域の中で地域に必要な情報というのは何らかの手法で流通していたはずだ。自分の子供の頃を思い出してみれば、回覧板、井戸端会議、子供会のイベント等々どんどん出てくる。そういう形で、必要な情報は地域の中で流通していたし、地域の人間はそれ程困っていなかったような気がする。その一方で、そうした機構の存在を知っていても、例えば転校生などは、結構、情報の共有化から取り残される(転校しまくった私としてはその辺は体験的によくわかっている)。今思えば、それぞれの地域の「お約束」があって、それを理解できないと情報の流通から外されてしまうのだ。いわば、町内会プロトコルのようなものが存在していたような気がする。

こうした直感的な概念をもとに、今の地域情報化を必要としている地域に遊びに行くと、2通りのパターンがあることに気がつく。地域が完全崩壊し「町内会プロトコル」が無くなってしまった地域と、もう一つが、地域が強固すぎて「町内会プロトコル」が硬直化してしまっている地域だ。

今住んでいる愛知県安城市は、町内会プロトコルはばっちりだ。というか、私のような半流浪の仕事をしていると、なかなか、それになじむのはしんどい。強固な町内会プロトコルは二つの問題を生む。とある、地元のまちづくり会議に出席した時に、雑談で地元の人が言っていた「(まちづくりで)町内会が強固すぎるので、公開討論などでも下手なことはしゃべれない。ましてや、町内会の外の人が公開討論に出るなど、ほぼ不可能だ。まちづくりのための思考が硬直化してしまっている」ということだ。もう一つは、安城市は最近、市外からの人口流入が激しく、既存の町内会プロトコルを理解しない人々と、既存の町内会プロトコルで生きている人の間の地域で情報格差が広がっていることだ。

まさに、これこそIPを使うことで解決する状況の地域情報化といえる。IPというグローバルに通用するお約束を町内会プロトコルとして、一部、もしくは全部として採用することで、新規住民と既存の住民の間の情報格差の削減や、地域外からの知恵の流入などをスムーズに行えるようになるだろう。

他方で、私が地域代表をさせて頂いている北海道のなかの某市は、あまり町内会プロトコルの存在を感じない。というか、地域住民が地域の情報をほとんど持っていないように感じるのだ。どうも、お隣さんとの井戸端会議や町内会のようなものも、あまり機能していないようだ。子供の時に住んでいた地域なので、ちょっとショックだ。

ここにIPを入れると、一気に問題解決するかというと、個人的にはどうかなぁと思ったりもする。IPを入れてしまうと、隣の人とやり取りをするのではなくて、グローバルに通用する、目に見えない相手とのやり取りばかりが発生してしまうんじゃないだろうか?そうなると、地域の活性化というよりは、地域に住みながら地域の人ではないというある種のゴーストの大量生産を促すことになる可能性がある。
こういう地域は、むしろ、IPを入れるより町内会プロトコルを復権させちゃえ!っと思う。IT屋からすると一見格好悪い、回覧板だの町内有線放送だのでバンバン流してしまえば良い。その上で、IPとの付き合い方を考えた方が良いものになるんじゃないだろうか。

こう考えると、地域情報化の基本は、きっと町内会プロトコルの再編であり、その価値の復権にこそあるんだと思う。そのためには、地域情報化をやる人間が、正しく自分の地域の「町内会プロトコル」を把握しなくてはならない。私も、うちの近所の町内会プロトコルをより深く把握するために、とりあえず夏休みの地域の子供のイベントにでも参加してみるかな。■

地域情報化必敗の陣、地域商店街EC

2003年7月 2日 23:30

最近良い事例の話ばかりなので、たまには、「ど勘違い」してる悪い例の話もしてみようかなと思ったりもします。こういう場合実名トークしちゃうと、訴えられたりして怖いので匿名で行くことにします。(私は臆病者ですんで-笑)
北海道のT市では、市と大学が一丸となってある地域情報化プロジェクトが動いているんです。それはどういうものかというと、「商店街によるオンラインショップ(バーチャルモール)&決済としての地域通貨」。なんかすごそうだけど、そのままやったら普通に失敗すること請け合い。
なぜって?それをすこしづつ解説しましょう。

1.特産品ECと商店街ECは根本的に違う

商店街が「観光客専用」みたいなところは、「商店街=特産品販売所」なので、バシバシとオンラインショップしましょう。こういう場合は本質的に「特産品EC=商店街EC」なので、普通のネットビジネスのノウハウで、普通に成功できることでしょう(それはそれで大変なんだけど)。でも、それって地域情報化とは関係ないですよね。
一般に地域の商店街には、特産品はそれほど売っていない。それは当然。商店街は、あくまで商活動を通じて地域住民の物的ニーズやサービスニーズを満たすもの。人間活動の衣食住において地域差はそれ程ない。商店街に求められるものは、商圏住民が直接その場に行って、商圏住民の衣食住を満たすことだけ。それであれば、オンラインショップに、いくら決済があっても、取りおきサービスがあっても、配送サービスがあっても、それ程嬉しくはない。むしろ営業時間の延長とかの方が重要ということになる。

2.オンラインショッピングの本質って

オンラインショップで勝ち組になる要件は結構シンプル。「オンリーワンショップ」か「ワンストップショッピング」。オンリーワンなら、どうにかこうにか生きていけるし、ワンストップなら誰よりも大量のアイテムを揃え、どこよりも安く売り、欲するものをリコメンドし続ければ勝てる。
商店街は個々の店舗を連合させることで、本質的に日常的な地域のワンストップショッピングを目指している。ある種オンリーワンショップである特産品と根底から違う部分だ。ネット上では、ワンストップ型の大型オンラインショッピングは上位数社しか生き残りが不可能であることはすでに常識になっている。また、品揃え数と売価勝負という部分も大きく、小資本ではとても立ち行かない。この辺は、リアルの世界の大型スーパーと商店街の争いと同じである。現時点で、ワンストップ型のオンラインショップであれば国内では楽天、Yahoo!ショップ、GAZOOなど大資本によるし烈な争いが繰り広げられ弱小自治体が入る余地などないのが現状だ。言い換えるなら、T市商店街が6兆円という巨大なキャッシュフローを持つトヨタに挑戦状を突き付けるようなもの(まぁ、どっちも同じTだけど)。普通に考えたらかなりのドンキホーテだ。

3.仮に成功しても・・・

仮にこのような商店街ECが成功したとしよう。それはそれで不気味な光景が待っている。地域の人間も大多数が商店街オンラインで商品を購入してしまうので、商店街そのものに行く必要はなくなってしまう。
で、商店街はどうなっちゃうかというと、大量の商品を入れてあるだけの倉庫。配送センター。これって商店街を軸にした地域情報化なのかな?地域活性化なのかな?
まさに空洞化した商店街。商店街「オンラインショッピング」と考えれば、こうなっちゃっても成功なんだろうけど、商店街という一つの地域の活性化という視点でみれば、もはや商店街じゃない。
こんな、勝ち目がないばかりか、勝っても首をかしげる状態が待っているオンラインショッピングを地域情報化のためにやってどうするんだろうか。

4.地域通貨は外貨じゃない

おまけに、地域通貨をこの手の決済に絡めてどうするんだろうか?オンラインショッピングが成功したとして、T市の人口なんて高が知れるんだから、お客の大半はT市の外にいるということになる。
となると-個人的に、地域通貨に懐疑的という事もあるけど-外から入ってくるお金に「うちの地域の通貨をつかえ」というのは、どうかと思う。
例えばAmazon.comで洋書を買うと、「ドルという名の欧米地域の通貨に変換されて損をするのでめんどくさい」という気分になってしまう。だから、洋書を買う時には、Amazon.co.jpで買う。が、実際にはカード決済は便利なもので、円ドルを変換して、売買してくれるのでまだいい。
地域外の人のために、これと同等の仕掛でも用意するんだろうか?
そのコストを差っぴいても良い!というほどのお金持ちじゃないと思うぞ。T市も、日本国も。

と、見ても分かるように、このような商店街ECは論理的に成功しようもないし、成功しても何とも判断しがたい状態しか迎えない試みである。まさに愚の骨頂だ。それでも、「やらないよりやったほうがマシだ」という議論もあるだろうが、もっというと、これを道民なり国民の税金というものでやろうというんだから、かなり良い根性だ。やったほうがマシというなら、T市の自前の財源で勝手にやってくれといいたい。

商店街でやるなら

でも、地域の活性化につながるような、商店街のIT化というのが不可能かというと、そうでもないと思う。というか、そういうまっとうな取り組みのほうが全国には多いと思う。

地域情報ポータルの視点を取りいれるのが一つ。いわば、○○商店街という名の一つの地域として捉えるのだ。エリア内での人の動きを活性化させ、商店街にお金を落とす機会を増やすのである。東京の「ささはたドットコム」はその好例である。しかし、これは東京の商店街ならではという側面は否めない。地域情報ポータルの運営コストを考えると「0563.net」の例では、商圏人口に10万人が必要だそうだ。これはひとつの商店街だけでは無理な商圏人口といえる。

もう一つの手段として、ホットスポットというのも注目されている。商店街という直線エリアの特性を生かして、簡単な無線ターミナルで商店街全体を繋ぐというプランが各地で動き出している。非常にローコストで出来、組織的には既存の振興組合やNPO法人という形でインフラの永続的な維持もしやすい。ITによる商店街での来客の滞留を生み出す手法であると同時に、地域内のインフラ構築を通じた振興組合等の人的交流の再活性化という側面も持ち、地域活性化に寄与することも考えられる。とはいえ、IT人口の少ない田舎だとこれでもつらかったりする。

後は携帯メールを活用した形での商店街への来客誘因は非常にポピュラーな手段だ。一定の効果も見られている。ただ、これらに関しては数多くのASP等のローコストのサービスがあり、むしろこれはそういう民間企業のサービスを活用すべき。柔軟に地域の中と外のサービスや組織を組み合わせて、最適のソリューションを探すのも重要だ。

いずれにせよ、いくら商店街のIT化だからといって、商店街=沢山の商店の集まり→沢山のショップの集まり=バーチャルモールというだけでは、短絡的にもほどがあるでしょう。
地域情報化は簡単そうで難しいものです。■

LAPが作る地域。地域が作るLAP。

2003年5月 2日 23:30

 以前にも、地域情報ポータル(LAP)について紹介したこともあるが、ここはしつこく愛知県の西尾市の地域情報ポータルについて紹介しよう。ポータルの名称は、ずばりエリアの市外局番を取って「0563.net」だ。この運営団体はそのままNPO法人化もして更なるステップアップを目指している。地域でも非常に活用され、特に若者のバーチャル活動拠点として、若者の自発的な歴史建造物の保護運動の発端になったり、地域の若者の手による数々のイベントの実行母体が生まれたりしている。ここまではっきりとした形で、LAPが機能している地域というのも非常に珍しい。
 私の愛知事務所の近所ということもあり、折角なので代表の榊原氏に直接お話を伺ってみた。お話を聞いてみると三河の小京都という歴史的地域ならではという部分もたくさんあるが、他の地域においても役立つであろういくつかのポイントも見えてきた。

その1:地域とは何か?

 地域というと、なんとなく行政区や歴史的背景などに目が向きがちである。しかし、0563.netの場合、地域情報のポータルというのを考えた時に、どこまでがひとつのLAPで覆うべき地域の範囲かということに対するある程度合理的な考察があることは、特筆するべきだろう。0563.netが地域の範囲を考える上で前提としている考え方を紹介しよう。

  1. リアルにつながらないものは地域ではない
    榊原氏は口が酸っぱくなるほど「車で30分で会える範囲」という表現を繰り返しているが、その情報源である人間にアクセスできなければLAPとしての意味はないという考え方。
  2. 人そのものが情報
    「デジタルデバイドが無くなり、携帯などですべての人が情報の受発信者となれば、地域の情報というのは地域に住む人間そのものになる(榊原氏)」
  3. 人間が使える時間は有限
    人間が情報の処理に使える時間は有限だ。一日は24時間しかないし、睡眠、仕事etcと引いていくと限界がある。

 この三つが述べていることは、地域には地理的限界点と情報量限界点という名の人口限界点があるということだろう。
 LAPにおける地域というのは、車で30分で、一日数時間の処理で処理しきれる情報量=人口を有するエリアのことだと考えているのだ。そこで、割り出された人口上限が、「ちょっと適当ですが、10万から20万程度じゃないかと思うんです。それがちょうど、市外局番で割った0563のエリアがぴったりだと思った(榊原氏)」のだ。

その2:地域コンテンツとは何か?

 LAPにおける地域コンテンツは、ゲームを作ったりいろいろなアプリケーションを付けたりと案外技術志向で作りがちである。しかし0563.netでは、その1で紹介したように区切った地域の中にあるものを、しっかり考えてみることから始めることにしたた。
 どう地域を区切ったところで、必ずあるものは3つあるそうだ。歴史と風土と人間だ。
 そしてもっとも重要なものが人間。「地域の人間は地域の歴史と風土を反映している(榊原氏)」し、LAP内の人間は「ユーザーであると同時にコンテンツ発信者でもある(榊原氏)」からだ。
 重要なのは、とって付けたコンテンツを作ることではなく、地域にいる人自身が積極的にLAPそのものに関われる仕掛けである。それさえ出来れば、それがそのままその地域ならではのコンテンツになるのだから。

その3:LAPが成すべき事は?

 その1、その2を通じて、榊原氏が辿り着いた結論は、「地域情報作りは人創り(榊原氏)」ということだ。LAPが面白くなるのもつまらなくなるのも「地域に住む人それ自体によってくる」からだ。「地域に住む人が、常にその地域のために何がしかの貢献をしたい、その地域の情報を得たい」と考えていれば自然と魅力的なLAPになるし、「今時の人のように、中央からのマスメディアのものこそが情報と思っているようでは、面白いコンテンツにはならない」から必然的にLAPもつまらないものになる。
 「歳食ったオヤジどもはもうどうにもならないとして、次世代の若い奴を面白くすることが、まずカギじゃないか」とかんがえて、このポータルを通じて若い世代が「リアル」に活躍できる場を用意する活動を積極的に展開している。

 具体的にそれらが反映されるとどうなるかは、0563.netのサイトを見ていただくとして、取材の際に榊原氏より、「一言」ということで多くの地域情報化やまちづくりに取り組む方たちへの苦言をいただいたので、紹介したい。
 「梅にうぐいすの風景は確かにキレイだ。だけれど、自分の地域でそれを見たいからといって、むりやりに梅を植えて、うぐいすを放したからといって同じ風景にはまずならない。大切なのは、なぜ、そこに梅が育っていて、その梅にうぐいすがとまっているのかを理解することだ。その上で、その構造を真似することが大切。梅とうぐいすじゃなくても良いじゃないかって。」
 このスタンスこそが、LAPに限らずCANに取り組む僕らにも重要なのではないかと思う。■

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