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雑多な話題

バカ親を笑いものにしても何も変わらんでしょ

2009年11月 5日 10:01

最近、PTA会長なんぞをやっているおかげで、色々な講演を聞く機会がある。いつもは話す一方なので、こういう機会は自分の充電になってありがたい限り。ここのところでも、PTA研究大会の地域ブロックの講演は大当たりだったし、先週の子供のスピーチ大会は夢を語る子供の姿勢やらディスカッションの素晴らしさやら、初心に帰れる素晴らしいものだった。

んで、まぁ、昨日もちょっと期待して講演を聞きに行ったわけなんだけど、なんだかなぁという気分。内容は悪くないよ。話し方も悪くないよ。むしろ参考になったしね。

内容自体は、家庭教育が大事って話しでそりゃそうだってことでしかない。いわゆるダメ親バカ親の事例を列挙し、その家庭の末路をこき下ろして、「心当たりがあれば気づいて自分で直して下さいね」という講演。
まぁ、話し方は面白いので、随所で不覚にも笑ってしまって聞き入ってしまったりもしたわけなんだけど、冷静に考えると、こんな意識の高いPTA役員をやるような連中に聞かせても、そんなバカ親いないだろうから無意味のような気が。ま、うちの学区にそんなバカ親おらんし。
加えて、講師本人も言っているように、この話し自体をバカ親という輩は拒絶して、アンケートに罵詈雑言を書くそうだ。

でもさ、それって、バカ親に直接語りかけても無意味だし、分かる人間ははじめからバカ親じゃないのだから、結局事態は何も変わらないことではないかとか思う。
確かに講師がいうように、そんなバカ親が子供を育てて、子供がロクでもなく育っちゃうっていう悲劇そのものは否定しないけど、このバカ親どもを詰って罵って笑いものにしたところでバカ親はバカ親のままでしかないということのような気がする。

むしろ、こんないい大人が集まる会合であれば、そのバカ親の存在を許容している社会の構造の問題とか、そのバカ親を育てたそのまた親の責任とか、そういう事を冷静に論ずべきような気がする。なんだか、バカ親を見下す集団の精神構造のほうが少し空恐ろしい気もするんだよね。

子供のために何をするかというのは確かに個々の家庭の責任という要素はあるけれど、その家庭をそこに追い込んでいる社会の責任を社会の構成員としては自覚して、うちの家庭は平気だから他人の家庭はしらんではいかんと思う。他人のバカ親を詰る暇があれば、その子をいかに助けるかを真剣に社会が考えるべき。

その子は自分の子どもと共に次世代の社会を構成するんだからさ。

台風一過

2009年10月 8日 10:10

台風、ほぼ直撃でした。こんなの2004年9月の北海道出張中に体験した風台風以来です。
うちの店の看板は壊滅。プランターはサニーレタス以外は全滅。店の在庫食器が僕の唯一の交通手段の自転車の上に散乱。金属製の業務用ゴミ箱が20メートルほど移動&転倒。在庫のカラオケルームのイスも同様に移動&転倒。入り口の狸の置物の持っている酒徳利が破損。隣のガソリンスタンドの屋根が全壊。すぐそばの信号機が向きが変わる。写真でもアップしたら、ボランティアさんが勘違いして大挙して来ちゃうかしらって感じです。
と、家周辺だけはすごい被害なんだけど、少し行くと被害ほとんどなし。この差は一体.....。
そんな自宅を放置して、今日は朝から連絡要員として、わくわくセンターに一人で詰めているのでした。一応、市の施設だしね。それにしてもほとんど被害がない周辺。なんともかんとも。交通機関はみんなとまっているので、客は来ないし、一人留守番で必要十分な状況です。
ま、暇を生かしてやれなかったことでもやっちゃいますか。

この間は一体.....

2009年10月 7日 20:40

コラムというほどではなく、むしろ本当にメモレベルで。
8月に2台の地デジのテレビを購入。エコポイントの申請書は2通作る。一つは20000ポイント、もう一つは15000ポイント。で、同一の封筒に封入して送付。一通は、2週間後に登録完了のはがきが来る。が、もう一通が待てど暮らせど来ないなと思ったら、なんと、先日届く。2ヶ月のタイムラグ。
一体どんな作業オペレーションを取ると、こういう間が出来るのか。とっても不思議。まぁ、別にちゃんと処理をされているので、何かを批判しようというつもりはないんだけど、とにかく不思議で気になる。

事故調は誰のためのもの?

2009年10月 1日 10:49

なんとなく、TVを見ていて、こんなキーワードが良く飛び出していたので。で、まぁ、このキーワードの後に続くのは、内容的には遺族が憤慨しているって話しなわけだ。遺族が憤慨しているのは、その通りで、被害者と遺族は大いに憤慨する権利があるので憤慨すべき。
でも、事故調は誰のためのものといわれると、非常にきつい言い方をすると、遺族と被害者以外のためのもの、だといわざるを得ないのではないかと思う。事故調の報告の一部として、具体的な犯人があがってきたり、責任の所在がはっきりするわけで、それによって遺族への補償問題だったり裁判の進行への影響もあるのは確か。だけれども、それが事故調の主眼であってはいけない。

大事なのは、再発させないために、その状況はなぜ起こって、その運行システムのありようとしてどこをどのように変更すれば、その事故は二度と起こらないのかを、はっきりさせることにあるはず。その上で、企業なり政治なり行政が適切なアクションを起こして、再発しない社会システムにしていくことが、その最大の目的である。その利益をこうむるのは、まだ事故にあっていない我々なのである。なので、事故調は我々一般人のためのものであって、遺族や被害者のためのものですらないのである。

いまさら、責任者を特定してメディアでつるし上げたところで、事故の再発防止への具体的な策が組み立てられなければ、無意味なわけで。そういう意味では、メディアは「事故調は誰のためのもの」などという無益な問いを発して、時間を費やすよりは、事故調の結果から、社会システムのこの部分を直すべきだというキャンペーンこそ力を入れるべきではないのか。

「せんせー、○○くんがわるいとおもいまーす」なんて、出来の悪い小学校の学級会のような、低次元の報道はそろそろうんざりしてきたのですが。
うんざりしない視聴者がいるから、結果として、こういう報道がまかり通ってるのか。

ヒロシマのある国で

2009年8月 6日 09:12

という、歌の歌詞が毎年この日になると自動的に頭をめぐります。生活協同組合の理事をしていた頃、サマーキャンプで叩き込まれた歌です。個人的にはいい歌だと思います。歌詞は皆さんネットで勝手に検索してもらうとして。

改憲主義だとかレッドパージだとかという日ごろの発言のせいで右翼のタカ派と思われがちな私ですが(否定もしませんが(^^;。全くもって左翼ではないので)、だからと言って平和を希求しない人種ではありません。加えて、日頃の仕事が軍事色やら、公安チックなことがあったりしますが、基本的に核兵器はいまさらあってもしょうがないでしょうと思っています。それに、ヒロシマを見に行って、核兵器は必要だなんて言いはれる人間はかなり神経が図太いと思います。

大体、核の基本は軍事的に核以外で対等な力のもの同士が、等量づつもってけん制しあう状態にこそ価値があるわけです。(こんなものに価値といっちゃいかんのかもしれませんが)
ところが、いまの世界の軍事費は見事に今はやりのベキ分布でして、そのトップのアメリカに2位以下のロングテールをみんな足しても勝てないという、ロングテール神話ごと吹っ飛ばすようなアメリカ一極集中状態なわけです。こんな状況では核のけん制なんて何の意味もないわけで。むしろ核を使わないテロのほうがよっぽど有効だという新しい局面になっていたりします。
なまじ核なんかもってると軍事侵攻のいい口実になったというのは近年中東で見られましたし。

同義的やら倫理的やら感情的やらの側面でいかに核がいらんかという話はいまさら聞くまでもないでしょうし、それこそ、ヒロシマの原爆ドームと平和記念館を見てくればいいだけのことです。
何はともあれ、核兵器や軍備のない平和な世界をつくれるように努力していきましょう。それぞれの国家を動かすのは国民ですから。僕等の自覚も大切なわけです。

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