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雑多な話題

時代も変わったなぁ~ゲームが主題の詩を授業で書いていいとは

2011年5月 9日 19:42

小6の子供が持ち帰った学級通信の中に、国語の時間に書いた詩があったんだけど、ちょっと驚いた。もろ、マリオブラザーズで遊ぶ事をテーマにした詩があった。
俺が小学生の頃に、そんなの書いたら先生から速攻却下だよ。うん。時代も変わったなぁ。
でも、内容は秀逸で、ゲームを遊んでいる風景が思い浮かぶような詩であるけれど、同時に、ゲームの本質をつく素晴らしいエッセイ。表題は「マリオの中の『おもしろさ』」という表題なのだが、非常に秀逸な800字の原稿。マリオの中にあるその目的を邪魔する存在があるからこそゲームが成立する事を指摘。
ゲームをやったらリセットでもなんでもしてクリアさえできればいい思考になるので、単純なゲーム脳になるとかいってた識者気取りの連中は一度読むといい。子供だってその程度の事は分かってゲームと付き合っているんだ。
とはいっても、転載していいのかどうかも分からんので、読めともいえないのももったいない。

自分の中で整理のつかない由無し事

2011年3月23日 19:59

 この二週間は、下らぬ夫婦喧嘩の挙句(嘘です。ネタです)夜飛び出して、チャリを暴走させていたら何かにぶつかって、こけてチャリのハンドルを胸部に強打して、痛くて動けない朝から始まりました。まさに間抜けなスタートだったわけです。世の中やら自分の事やらいろんなことがあったので、痛みに耐えながら、そのことをやり過ごしてきたわけですが、なんというか自分の仲で消化不良なので、まとめて書いておきます。

 まずは、やっぱり地震。学校サボった子供とグダグダ過ごしていたら11日に揺れ、そのまま土日をTwitterの前に張り付いて過ごし、必要な情報を取捨選択し、公式RTを繰り返す。今、思うと、初動は大騒ぎで、次からは帰宅困難者の支援情報が流れてきて、デマ交じりのしょうもない情報も流れてたなぁ。この段階では、どうみても帰宅困難者支援情報が一番有価値なので、それを積極RT。でも、心の中では、津波被害の部分と、茨城、長野とかもひそかに心配していた。
 個人的には、この時点で北海道南西沖地震と阪神大震災以来変わらぬ報道姿勢への疑問と、東京の小さな火事ばかりを流すマスメディアに疑問。どうかんがえたって、あんなの、北海道の系列局に速攻でヘリチャーターさせて、三陸の海岸撮影の飛べって感じ。まぁ、現実にできるかどうかは別としてね。
 原発の件は、ちょっと置いておいても、もはや政府はブラックユーモアを被災地に届けるのが業務なのかと思ったくらい。大体、「1000年の一度の災害の備えなんかイラネー」っていった人とか、阪神淡路のときに「自衛隊は違憲だから彼らに助けてもらっちゃダメー」っていった人とか、普通に役職与えて内閣の中に入れるなんて笑うしかない。その後続けて、船が領海でぶっかった情報を隠蔽を率先した人がまた入ったり。あんたら、本気で何したいの、と怒りを通り越して笑った。
 そんなこんなのマスコミや政府の中で繰り広げられる茶番劇の中で、自分の中で、Twitterが生み出すものすごい全能感が気持ち悪かった。正直、過去のあらゆる災害のときに味わえなかった「事態を知る」快感のようなものがものすごい。少なくとも一個人のレベルまでこんなに災害を把握できた災害はかつてなかったんじゃないかと思う。当然、事態を知れると言う事と、事態を良い方向に変えれるというのはまるっきり別。そういう意味では、被災された皆様のことは当然心配ではあります。

 痛いまんま月曜日から北海道に入って、お仕事したり飲んだくれたりして生活をしていました。色々な旧知の方にお会いしたりとちょっとバタバタしとりました。土曜日は、ちょっと出勤。社長がviエディタなどという懐かしいものを使いトラブルシューティングを横目に眺めてい過ごし、午後から旅行に。
 3連休を無駄にしないようにと思って、旭川→滝川→新得→釧路→札幌→岩見沢→旭川、という経路で旅行をしてきました(予定は、...釧路→網走→旭川でした)。滝川では、ロケットを作っている企業で働く若手の人と一献しながら、地元の経済団体の被災者支援のあり方が短絡的でおかしいという意見を伺ったり、ちょっとしゃれたバーでカクテルの薀蓄を話したりして一泊。次の日は普通列車で新得へ。新得でそばを食いまくって(胸部を打った影響で、吸う食い物はつらいので失敗したと思いました)、釧路について高校の同級生二人と飲みました。一応、地震被害の話も聞いたのですが、話題が1人が知らぬまで脳梗塞で入院していたのに、とっとと退院して、普通の生活を営んでいて、おまけにこの席に飲みに来ていると言う事。おいおい、大丈夫かよと思う反面、現代医療ってすごいなと。
 飲んでる間に、家内から電話が来て、バーニャカウダーなるものが欲しいということで、岩見沢に売っているから買えと。なので、旅程を変更。おまけに、売っている場所もどんなものかも分からないので、震災ショック後のTLが減ったTwitterで聞く。帰りのスーパーおおぞらに乗っている間に解決。TwitterやSNSって便利だと思うが、人間の何かを変えてしまうような気がする。あと、関東在住の友人のTLで「米は無いといわれたあとで、福島産だけは売っているといわれた」という内容のツィート。友人は則買いだが、風評被害を憂う。俺も憂う。でも、実は科学的にどうかと言う事の判断は、情報開示の開示量の問題ではなくて、実は個人の性向性に依存してるんじゃないかと。それにしても、今売ってる福島の米買わないという奴の感性というか理性はおかしいと思う。
 お土産は、札幌で買えるので買うものを買ってしまって、岩見沢に。岩手出身の知人と、この件で岩手に乗り込んだ市議に出る人と、NPOの仲間と一献。石巻漁港の写真をもらう。災害の状況を教えてもらう約束をする一方で、結局、統一地方選挙の話。それはそれでいいんだけどね。
 連休明けは、自分の自治や公共の先生と一献しながら、このソーシャルメディア元年とも言える事態の整理。超有意義。でも、その内容はまだ内緒。ちょっと思うところありなので。ヘベレケになって帰ると、FaceBookで高校の友達から連絡が来る。実はその昔GREEで繋がった中学の同級生もあった。さらにその前はWebで繋がった大学や高校の同窓生もあった。FaceBookでつながった同級生に思いを馳せる。彼は確か、あの学校で一番初めに会話した人。結構仲良しさんだったなぁ。高校で僕は放っておいても点数はよく(理由は優秀だからではない。のらっぷり!の高校時代を参照)、ちょっと、偉そうにしていたんだけど、経緯は忘れたが、数名に「貴様に社会だけでは絶対勝つ」と言われ、ほぼ全員撃退したのだけれど、なんと彼はちゃんと社会のテストは僕の点数を上回るまでやってのけた頑張りやさんだったなぁと。こういう昔の思いに浸れるのって、ICTあればこそというのは、自分だけなのかな。

 そんなこんなで、2週間たったわけなんだけど、皆様に余計な心配を与えている胸部の痛みも引いてきて、Twitterのタイムラインも落ち着いてきて、僕なりに日常感があるわけです。当然、被災された皆様にはそんな日常はまだ遠いでしょうが、やまない雨はないですし、明けない夜もないわけです。未来を信じて今の生活をじっと耐えつつ少しずつ良い生活を取り戻して欲しいと思います。
 それにしても本当に無意味なこと書き散らかしただけだな。うん。

安城ロケット団の報告書

2010年10月27日 14:16

安城ロケット団の第一回講演会の報告書を作りました。
興味のある方はどうぞ。両面で2枚刷って、挟みこんで出来上がりです。(「<<」こんな感じ)。

報告書
http://dokei.net/fcom/dl/ar_2010_10_10_end.pdf

連続セミナー「ヒューマニングセミナー/激変する環境に惑わされない新しい経営を学ぼう」

2010年4月16日 19:46

4月20日から7人の講師による連続セミナー「ヒューマニングセミナー/激変する環境に惑わされない新しい経営を学ぼう」がスタートします。私は、基礎編ということで、新しい経営を構築するための基本概念であるヒューマニングを解説する「ヒューマニング概論」を全12回で行う予定です。会場は北海道の札幌市「北海道立道民活動センター」と岩見沢市「岩見沢コミニティプラザ」です。
20日、21日は連続セミナーのガイダンスを兼ねた、ヒューマニング概論の第一回「今なぜヒューマニングなのか」の講義になります。2時間30分とちょっと長めです。
20日は岩見沢の夜で1回、21日には札幌で朝、昼、晩と3回開催する予定です。
詳細は、こちらのチラシをダウンロードしてご確認ください。

説明会/ガイダンス 詳細、申し込み
http://funahasi.com/hri/hri_semi_opn.pdf

連続セミナー 日程
http://funahasi.com/hri/hri_semi_sch.pdf

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ちなみに、ヒューマニングというのは元々、マーケティングに対する造語です。
マーケティングはマーケットを理解する手法で、企業経営において重要な戦略の基本的考え方でした。ところが、どんどん市場環境が変化し、市場の構成員である個を注目していく手法へとどんどん変化していく中で、個を市場の一部ととらえたり(セグメント型のマーケティング)、個そのものを市場ととらえる(OneToOneマーケティング)という手法も生まれてきました。しかしながら、どこまで行っても市場である限りにおいて、その戦略構築の限界と市場を構成している個からの反発が大きくなり、限界をきたしはじめています。
そこで、より、個をしっかりと見据えて、本当の意味でそれぞれの個の「ためになる」企業活動の在り方から考え直すことで、市場環境に左右されない持続可能型の経営が構築できるのではないかと考えだされた、基本概念がヒューマンを理解する手法としてのヒューマニングです。ヒューマニングは、時代の要請があるとはいえ、まだ非常に新しい概念で、これから本講座に参加いただく皆さんと一緒に作り上げていくものだと考えております。
ぜひ、一人でも多くのヒューマニングを共につくっていただける同志の参加を期待しています。

ちなみに、関連する書き物としては、以下ぐらいかと。
企業の社会的責任とは何か?(ネット愛知産業情報への寄稿)
ヒューマニングメモ(BLOG内カテゴリ)

待ち時間は正しく有効に。

2010年4月 6日 11:56

春休みに、子供らと三重県のテーマパークに二つばかり行きました。さすがにそれ相応に混んでいるわけです。アトラクションを体験しようと思うと30分とか1時間とか待ち時間が出るのです。で、多くの方々が、目を血ばしらせて、お父さんやらジジババが、列を代わりに並び、子供らとお母さん(父母は逆の例もあり)が、次々と乗り物をこなして行くわけです。それ以外のパターンは、待っている間、子供は黙々とDSやPSP、親は携帯ゲームというのも大変多かったです。
これって、子供は楽しいのかとか思うわけです。確かに待ち時間は嫌だろうと思います。でも、そんな恐ろしい顔をされて、乗り物に乗り続けて、挙句に「あなたのためにがんばってるんだ」的なオーラを出されても嬉しくないように思うのですが。

おそらく、忙しくて普段子供のために色々やってあげれていないからこそ、そうやってがんばるのかもしれませんが、それは、なんか親のエゴのように思います。むしろ、アトラクションの待ち時間こそ、普段忙しくて確保できない親子の会話の時間と捉えてはどうかと思うのです。
大体、親子で遊園地に来る究極目的は乗り物に乗ることではなく、子供が楽しんで、親子がにこやかに触れ合えることであるべきです。そう考えると、家族がばらばらになって、乗り物を次々こなすよりは、多少の待ち時間を対話の時間と位置づけてゆったり会話するべき。せっかく、家族みんなで並ぶことで、他にやることが無く一緒にいられる時間なのだ。こんな貴重な状況と時間は、現代社会ではまず確保できない。乗り物なんかのれようが乗れまいが、気にしない。乗れたら話題が一つ増えるね、という程度で考えて、家族が一緒ににこやかに過ごすべきだ。

そう考えると、待ち時間をもっと有効に楽しませる工夫も、テーマパーク側には必要だと思う。もっと、列待ちようにいすを用意したり、列待ちの人へのサービスを増やしたりと工夫して欲しい。でも、最も大切なのは、テーマパークは乗り物を乗らないと損をする、と思い込んでいる僕らお客の意識改革だ。この場に金を払うのは、乗り物代じゃない、家族のふれあい代だということ。それをしっかり意識しましょう。

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