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雑多な話題

いわれてみたら、確かに変だわ

2008年9月 4日 17:02

昨晩、なんとなく家族で夜更かしして、地震の時にどうするって話をした。と、いっても、発端は、チビスケのほうが避難訓練をして、「地震の時には、どうするの~?」って習ったことを自慢したかっただけなんだけど。
まぁ、揺れたときに、机の下に隠れるか、すぐに外に逃げるかとか、そういうのは施設の強度とか設備次第なので、おいておいて、ふと思ったのは、上の子の小学校も、下の子の保育園も、「結局避難所だからそこにいれば大丈夫だよ」って話をしたときだった。

そうなのだ、小学校でも、保育園でも、避難訓練のラストは子供の引渡し訓練なのだ。明らかに、そこに子供が居続けるという状況は想定していない。どう考えたってうちの場合、家内が仕事であれば僕のお迎えなんだけど、自宅の耐震とかを考えると、無理にお迎えしてリスクのある家に帰るより、そのまま一緒に小学校を避難所とした避難所暮らししてしまったほうが安全である。
なので、うち以外だって、おうちに一旦帰るより、その学校にそのままいちゃったほうが良いとか、むしろ避難所にいるべきだって状況になるような気がするわけだ。
そうすると、むしろお迎えの訓練というよりは、避難所生活を送れるように何を速やかに持ってきて、そのまま体育館なり何なりに入って一緒に暮らしたり、所調整できるように、親と先生が訓練せんといかんのではないかと。

避難所暮らしとか避難勧告なんざ体験したことないけど、その辺考えた訓練のほうが実質的に良いような気がするけど。まぁ、そこまで大きな災害ってことは想定していないのかな。そんな大きな災害じゃぁ訓練してもある意味無駄ってことかもしんないし。

家族って難しいな

2008年8月10日 16:35

いや、別にうちの家族がどうのというか、他人の家族がどうのとかいう話ではなく。

この半年で、だいぶ自分自身が人に任せるという心境が見えてきたらしく、他人の作業の多少の瑕疵は見て見ぬ振りをしたり、適宜こっそり直したりするということがだいぶ出来るようになってはきました。個人的に、今年の目標に向かって、ずいぶん進歩したなと思っております。
とはいえ、この他人が家族になると、途端にこれが出来なかったりします。家内であっても難しいのですが、行った言わない合戦、瑕疵あら捜し合戦みたいになってかなり困ってしまいます。とはいえ、家内は別に僕と同じ目標を立てて生きているわけではないので、家内のほうが直すものではないことは確かです。さることながら、子どもに対しても時に同じレベルの発言が飛び出してしまうのが、また情けなかったりもします。
まぁ、こういう状態ではまだまだ、目標達成とは言いがたいのでしょう。せめて子どもに対してはそういうことをしないようにしないといけませんねと思うわけです。で、せっかく家族がひがな一緒にいられる修養のチャンスとも言うべき、夏休みなのですが、どうしても争いを避けるほうを選んで業務がバリバリ入っているわけです。
世の家族を構成している大人はどうやってこの心境を乗り切っているのでしょうか。まぁ、仕事を入れて家にほとんどいないので、おかげさまで、今年の夏は心穏やかにいられそうではありますが、なんら根本解決ではないような気がします。

今年の目標の達成度はこんな調子じゃ低そうだな....。

こいつはやっぱりオレの子だ

2008年7月27日 15:13

imgfa9d1228zik9zj.jpg今日センターに家族が来たんだな。下の子が、センターの職員にえらそうに折り紙の折り方指導。おまけに、折り紙の折り方解説書まで一生懸命に作る始末。センター職員のお姉さまは心の広い優しい方なので、にっこり笑って受け取ってくれたのだけれど、実にえらそう。5歳児の癖に上から目線。

まぁ、考えてみたら、そのぐらいの年齢のときって、親の話によると、僕はTVで見て覚えたジャガイモの植え方を、近所のおばさん方に偉そうに指導していたらしい。まぁ、この親ありて、この子あり。
上の子はそういうところのない子(=僕の価値観的にいい子)だったんだけど、下の子は思いきり、やることがオレっぽい。将来心配だわ(苦笑)
ま、その自己顕示欲がいい方向に進んでくれるといいんだけどね。
遊びに来てくれるのは嬉しいけれど、うちの職場に迷惑かけないでくれや。チビよ。

悩みってあるんですか?

2008年7月27日 14:37

センターで働く若手職員の一言。何でも、常に前向きで悩みがなさそうに見える、ということ、らしい。

こんな迷えるダメオヤジBLOGの毎日なのにねぇ。ま、悩みが人目につきにくくなったってのは、歳なりに成長したってことでしょうかね。どーでもいいことなんですけど。たしかに、自分かこのこの歳ぐらいのときに、今の自分ぐらいの歳の仕事の出来る先輩見て、悩みなさそうだなぁって思ったもんな。でも、きっとあの先輩も悩みはあったんだろうな。今でこそ思うけど。
下に見透かされる程度の悩みを持っているようじゃいかんってことなんでしょう。

安心だけど安全じゃない

2008年7月18日 14:17

安心と安全はイコールではないという話。なんとなく思い出したので。

安心ってのは、個人の気持ちの問題で、安全ってのは具体的にその問題が発生する確率が減少していくこと、だと思っているのでそういう意味で以下は書く。

まぁ、安全ならば安心というのは、安全なものだから人間、安心できるわけでこの辺は再考がなくていい気はするのだけれど、安心だから安全ということはないんだろうなと。
その昔、安心安全の条例とか、その関連の計画だとかをいじる仕事をしていたときに「GPSつきの携帯を子どもに持たせれば、安心じゃないか」という話が出てきたんだよね。で、専門家はこの話を一蹴したんだわさ。「GPSつきの携帯とか防犯カメラってのは、死体発見を早めたり、ひいては犯人検挙に有効だけれども、実際に犯罪にあいにくくなるということではないし、犯罪の発生率が下がるわけでもない」んだと。
で、さらに、実際に犯罪にあいにくくしたり、犯罪発生率を低めるのは、面倒くさいかもしれないけれど、地域の大人による通学路の見守りだったり声かけ挨拶運動だったりするわけだ。で、むしろ、GPS携帯を持たせればもう大丈夫という勘違いから、こういう活動に参加しない大人が増えることのほうが、犯罪にあいやすくなったり、犯罪発生率が上昇するというわけだ。
安心だから安全じゃなくなる、典型的事例。

で、何でこんな話を書くのかというと、地震の防災活動についてもこういう側面があるという話を聞いたから。要は、地震が来ると不安がっているから(安心じゃないから)、防災活動を一生懸命にすることで、災害時の被害拡大を食い止めることが出来る(安全になる)ということ。
そういう意味では、実は、デマでも何でも広まって地震がくるかもという不安感に包まれていたほうが安全になるということらしい。ま、この話をしてくれた方は、訓練用地震ってのを発生されるといいのになと。

ま、でも安心している(安心したがる)人ってのは、それが安全だと錯誤しているから安心しちゃうような気もする。そういう意味では、安全だから安心、というだけのことなんだろうなと。

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