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学問とか連携とか

海の森について考えてみませんか?

2013年3月20日 19:46

大学院時代の同期の今のお仕事で、なおかつ、今回このフォーラムのUstream中継は弊社のお仕事で、しかもイベントの開催協力は、自分が立ち上げに協力したNPOだったりという、見事に逃げも隠れもできないイベントです。
なので、僕は当日のインターネットからの質問集約係ということで関わらせていただいております。お時間のある方は、是非ネットからもご参加いただけますようよろしくお願い申し上げます。

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 対話小フォーラム 円卓会議 ~海の森を陸と海から眺める~

主催:市民参加型で暮らしの中からリスクを問い学ぶ場作りプロジェクト(RIRiC2)

JST「リスクに関する科学技術コミュニケーションのネットワーク形成支援」プログラム
平成24年度採択企画

 海の森といえば昆布の森やアマモの森を連想しますが、いつも豊かな森を形成しているわけではありません。自然条件や人為的条件の変化に、海の森は影響を受けています。そこで4つの報告をいただき、質疑応答を経て、それらをテーマに会場やネットからの声と議論を深めることで、海の森の問題を共有し、海の森が直面している問題点を洗い出します。
 また、インターネット中継やツイッター、FaceBookを活用して、日本全国から意見を自由に寄せていただくことで幅広い皆様と一緒にこの問題を考えたいと思います。
 
■対話小フォーラム 円卓会議
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【日時】3月24日(日) 9:30~16:30
【会場】北海道大学大学院 農学研究院 5階 中講堂
【内容】
   ◆09:35~12:35 情報の提供と質疑応答
     1.海っ子の森の取組みを通して
                山下達巳(海っ子の森理事長)他
     2.北海道こんぶ研究会の活動を通して
                角田博義 (北海道こんぶ研究会理事)
     3.家畜糞尿と河川・湖沼・海の関係を通して
                前田善夫(酪農学園大学教授)
     4.様似町の海から見えることを通して
                中村秀則(様似町役場産業課課長補佐)

   ◆13:45~16:15 円卓会議
    こんぶの海取り巻く様々な課題群を、現場や研究者の視点に加え、
消費者の視点を交えて洗い出し、短期的・中期的・長期的に分けて、
    その中で優先度や重大さの程度に応じた順位付けをしていきます。
     ・話題提供 13:45~14:00
       研究者からの現状に関する問題提起
        四ツ倉典滋(北海道こんぶ研究会理事長、北海道大学准教授)
       一般消費者からの反応と問題提起
        瀬川真弓(高校非常勤講師)
       農林水産省 食料・農業・農村政策審議会委員の視点で問題提起
        森久美子(作家)
     ・対話 14:00 ~ 16:10
     ・一般市民のコメント 16:10~16:15
   ◆16:15~16:30 まとめ
               小林国之(RIRiC2代表)
               四ツ倉典滋

■インターネットからの参加
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3月11日~23日まで
 頂いたご質問ご意見をそれぞれの講師の先生に、事前にお伝えしておきます。
 準備の段階で、当日の話の構成などを構築するのに参考にさせていただきます。

会議当日
 Ustreamの中継をご覧いただきながら、その場で質問をどんどん書き込み下さい。
 講演や質疑応答の合間に各先生に質問をお伝えして回答を頂く形で議論に参加いただけます。

参加方法
 Twitter( http://twitter.com/RiRiRic2
  RIRiC2専用アカウント(@RiRiRic2)へメンション(返信)形式で投稿いただくか、
  ハッシュタグ#riric2で意見をお寄せ下さい。
 FaceBook( http://www.facebook.com/riric2hokudai
  RIRiC2のFaceBookページのタイムラインに「近況」で書き込みください。

※UstreamのアドレスはRIRiC2のBlog( http://riric2.blog.fc2.com/ )やtwitter、
 FaceBookページなどでお知らせします。

■お申込み・お問合わせ
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RIRiC 2「市民参加型で暮らしの中からリスクを問い学ぶ場作りプロジェクト」
【代 表】
  小林国之 北海道大学大学院農学研究院 助教
【事務局】
  北海道大学農学研究院内 S-360
  担当:平川全機/吉田省子
  電話&FAX:011-706-2470
  E-mail:riric@agr.hokudai.ac.jp(@を半角の@に書き換えて下さい)

未来を考えたら、子どもはもっとネット使うべきじゃね?

2012年8月11日 10:20

夏休みです。子どもらは家にこもって、漫画とネット三昧です。
うちは、子どものICTの利用に対して干渉することも禁じることもしていません。一応、小学生と中学生がそれぞれ一名づついる二児の父で、PTA会長なんぞもやっていたので、世間の子どもが使うICTへの風当たりなども良く知っていますが、あえて自由に使わせています。

子どもらのネット環境は、家庭内のWifiで、上の子ども用にiPodTouch、下の子ども用にiPhone3GS(SIMなし、北口社長からのもらいもの)で、あと家族共用で、デスクトップ一台とノート一台です。後者2台は、私が仕事でも多少使うので、色々と制限がありますが、前2台は、子どもの自由にさせています。とはいっても、子どものメールアカウントは私が作成して私が管理できるようにはなっていて、AppleIDも上の子の機械は家内と共用、下の子の機械は僕と共用という風にしています。
なので、アプリはダウンロードすればわかるようになっているし、メールは原則見ない(システム関連のトラブルシューティング時にやむを得ずメールアカウントを見ることだけ。通信事業者並みに通信の秘密は守ってやっている)ので、監視可能ではあるけれど、特別強烈に監視しているということもないです。
この環境で、二人とも、アプリを通じて色々な交流をしたり、BLOGを書いたり、YouTube見まくったり、Skypeで親と連絡をとったり、メールを活用して宿題を友達や親に聞いたりと色々活用しているようです。上は、友達もやっているようなので、はやりのFaceBookも始めたようです。公開なのでBLOGくらいはたまに見ます(二人ともやっているの)が、非常に穏当な使い方をしていますし、親の贔屓目ながら、そこそこ面白かったりもします。
そんなのなので、子どもらは時には過剰に夢中になって、勉強もおろそかになったり、夜更かしで体調を崩したり、寝坊したりと問題は少なからず発生しているとは思います。こういうことを言うと「それみたことか。禁止(もしくは制限)した方がいいんだ」と短絡的な指摘を受けることも少なからずあるのは重々承知の上で、そういう使い方をさせていたりもします。

この子らぐらいの時、自分はどうだった(中学生小学生)かなと思うわけです。ゲームウォッチやTVゲームに囲まれて育ってきたわけです。「ゲームと一緒にするな、ネットの特性は云々」という論者もいらっしゃるとは思いますけど、状況論として、「あんなものの利用は禁止すべきだ。勉強もおろそかになるし、目も悪くなるし、不良になるし」と指弾されていたという点では一緒です。自分自身、そうは言われても、ものすごく遊んでいたわけです。上の子の頃の年齢ではゲーセン通いをしつつ、近所のレンタルソフトやで借りたゲームをPCショップで遊んで、BASICでゲームをがりがり作り始めていたし、下の子の年齢のころは、ゲーム&ウォッチで、朝から晩まで遊んでいたわけです。
では、その頃それに夢中になっていた人は、いったいは今どうなってるのか、と思うと、皆が騒ぐほど大きな影響が無い(別に社会の落後者になったわけでも、社会が犯罪で溢れるようになったわけでも、知的水準がそのせいで著しく下がったわけでも無い)という一方で、インタラクティブな手法で色々な機器をコントロールすることが当たり前になったり、そういう機器に囲まれる社会になってきたわけです。更には、ゲームそのものが日本を代表するコンテンツ産業の一翼とかいわれていたりします。
とすると、そういう新しい機器を積極的に取り込んだ生活に早くから慣れることで、次の時代を適切に切り開く力になっているというメリットぐらいしか残ってなかったんじゃないかと。
自分の30年前の生活からみて、これだけ時代を変える一要素に夢中になっていたんだから、こんな感じでかろうじて適応できているし、多分、このあと30年後なんてわかりゃしない。だから、ここで変な制限をかけて、子どもらが20年後ぐらいに時代錯誤な人材として世に出て、新しい時代に対応できず右往左往する方が可哀そうだと思うわけです。
目先のネット犯罪に巻き込まれない工夫とか、知識をつけることも大切だけど、案外、学校でよく教えてくれているようで、ちゃんと判断つかん時は二人とも相談してくれるし、わりとまっとうな知識も持ってるので安心して放ってあります。

ちなみに二人とも、ネットのツールはちょっと前まではiPodやiPhoneではなく、DSでした。で、動くメモ帳をやっていたんですけど、正直、こっちの方がちょっとえげつないかなという印象を持ちました。と、同時に、多くの親御さんゲーム機だと思って全然ノーチェックなことが多いんですよね。
クリエイティビティって意味では、非常い面白いツールなんだけど、コミュニケーションの場としては、結構怖い画像が多かったり(明らかにイジメ動画とみえるものとかある)、他人のものの改編がフリーなので著作権に関するルールが複雑で学校教育でのものと、上手くマッチしないということなど、これを監視して指導する方がよっぽど大変だなというのが、正直な印象です。

子どもと一緒に遊ぶ必要はないと思っています。ただ、子どもが何をやっているかだけをしっかり知っていれば良いだけだと思っています。むしろ次代で子どもが取り残されないように、しっかりとしたネットネイティブに育ってほしいなと、ゲームネイティブのお父さんとしては思っているわけです。

でも、夏休みなんだから少しは外で遊ぼうね。せっかくそこそこの田舎に住んでるんだからさ。

お手伝いをしない子どもがダメなんですか?

2012年7月25日 16:53

元ネタを忘れたのですが、「子どもの教育で大事なのは、好きなことを見つけさせることではなく、人の役に立つことを教えることだ」と言う主張があって、その「人の役に立つことを教えるのに、なるべく沢山の家のお手伝いをさせることがよい」というものです。で、好きなことを早期に見つけたって、それが職業であれば、その競争率はどうせむやみに高くなり、結局その職に就けないで挫折感だけ味わうのでよろしくないと。
ある面ではあっているというか、個人的には実に正論で、「人の役に立ちなさい」というのは僕も異論はないですし、実際に小学校の卒業式の祝辞でも強く述べています。また、好きなことのいく先が、職業にしか向いていないのであれば、それは植松氏が言うところの「就職情報誌の中にしか夢のない社会」ということで、よろしくないとは思います。

でも、なんかこの論旨、違うんじゃねって思っているんですね。似た論旨をしているのは内田樹氏(この本当たり何かそうかな)。でも、決定的に違うのは、学校教育の必要性と独立性の大切さは非常に強く訴えているので、そこで、家のお手伝いを優先して学校教育を否定しろってことではない。
もうひとつは、CAMUIチームの永田氏と植松氏も、似て非なる論旨。好きなことに没頭することによって、人の役に立てるスキルがつくから夢はたくさん持てというのが大きく異なる。好きなことと職業は違う。職業は人の役に立つこと。この辺が彼らの論旨。

僕もお手伝いを否定する気もないし、好きなことや夢が短絡的な職業に結びつくような教育なら、好きなことなど探させなくてもいいと思います。
でも、個人的に、このお手伝い第一主義が最近持ち上がっているのって、そんなことではないように思うんですよ。
もともと、近代社会初期まで、また現代でも一部の地域では、親が子供の労働力を収奪することを普通に行ってきていました。場合によっては、みなしご等を集めて他人の子どもを連れてきてまで、です。むしろ、お手伝いを称揚する親に問いたいのは、その程度の作業は自分がやれるレベルのことで大した手間ではないでしょう。では、その作業が子供の成長につながるかどうかで、お手伝いを決めていますかということです。子どもの手伝いというのは、あなたの体のいい小間使いであればいいということではありません。
人の役に立つ、といっても二つの側面があります。目先の相手の欲望を満たすだけで、社会的に価値のない(場合によっては迷惑)なことでも、欲望を満たされた側にとっては「俺の役に立った」ということになります。他方で、そのお手伝いがちゃんと、間接的であれ社会の役に立つような役の立ち方というのもあります。当然、親が子にさせるお手伝いは本質的に後者であるべき。でも、胸を張って後者と言えるようなお手伝いをさせようとしている、親は何人いるんでしょうね。その、子どものお手伝いでできたわずかな自分の空き時間を、本当にあなた自身が人の役に立つための時間につかっていますか?というのは常に問われるのではないかと。

こう考えると現代のなんとなくある、お手伝い称揚志向ってのは、ちょっと疑わしく思えるわけです。むしろ、現代の児童労働の収奪という、近代への戻りなのではないかと思えます。もともと、児童労働への収奪に対抗するべく、憲法で、教育の権利と義務を唱えているわけです。このことはとても重要なことではないかと思います。
児童から労働を収奪するのではなく、優秀な国民になってもらって、よりすぐれた未来を手に入れようというのが現代社会の一つの優れた到達点であるはずです。そこから、見栄を満たす習い事やら、自分の遊ぶための空き時間を作るためのお手伝いなどで、子ども達から時間を収奪することはこの趣旨に反することです。むしろ過去への退化です。これだけ家電等で時間は山ほど作られているはずです。いい大人が子供からまで収奪するようなことはやめましょう。
お手伝いをさせるのは、内田樹氏の言うように就学前。そして、その役立ちが人の役立ちの連鎖を生むすばらしいことであることをきちんと厳選してさせるべきです。加えて、ちゃんとそのお手伝いで自分の手が空いた分を、ちがう、他社の役に立つ価値創造に親自身が頑張る事。
この三つがなければ、お手伝い教育は搾取と階層固定の連鎖をさらに強固にする、最低の手段になり下がります。よく考えて「お手伝いをしないからダメなんだ」なんて口走らないように。

子どもが小学生以上になって「手伝え」っていっても言うこと聞かないときはその辺を反省するといいのだと思います。意外と子どもはちゃんとしてますよ。

荒磯先生、退官お疲れ様でした

2012年3月 6日 20:34

3月2日にタイムリーに札幌での仕事もあったので、僕から見て学問上で行けば、北海道大学において3番目(あ、順位じゃなくて順番ね)の師に当たる荒磯恒久教授の退官記念講演に行ってきました。とはいえ、仕事で鬼のような宿題を渡されたので、今日までBLOGにアップできず。

さて、一番目は、故 中村 英士氏。生物発光というか二次代謝物質の研究。
二番目の師は、いまだご健在で、次の日の3月3日の後輩の結婚式でご一緒した石垣 壽郎 氏。量子力学の哲学を中心として科学基礎論全般。
で、その次にあたるのが、荒磯先生です。んでも、考えてみたら、そんなに長いお付き合いでもなく、2003年に産学連携学会を立ち上げるってお話のお手伝いからです。変な話、そのときは、産学連携ポータルとか言っていたデジタルニューディール事業なんぞにかかわっていたので、そういう学会の設立はぜひともお手伝いしようと、普通に一業者としてお手伝いさせていただきました。

それから、あくまで大学の外部からですが、先生の考え方に影響を受けて産学連携のありかたや実践を行ってきました。それは今でも、小さな事業者ですからできることは限られていますけれども今でも生きています。そのひとつの集大成は、Anjo Hearts PROJECT です(当然、事業者の皆様の頑張りがあるからですけど)。私がアドバイザーとして大いに力を出せたのも荒磯先生の教えがあればこそです。
荒磯先生から直接教えを請うことができるようになったのは、2005年末、正式には2006年初めから、北海道大学創成科学共同研究機構という組織に入る羽目になったことです。本来の雇用セクションもあってそのお仕事もあったのですが、なぜだか、荒磯先生の所属していたリエゾン部の中に机が置かれ、本来のお仕事と無関係に産学連携の現場を楽しく飛びまわっておりました。
その当時のBLOGの日記なんかを見ていると、そのころの様子がわかるかと。挙句に、まで一緒に仕上げたりしました。
全く持って、非常に濃い2年間でした。

謎の一人連携機関として片田舎で活躍できているのも、このときの教えと実践と経験があればこそ。本当に感謝しています。
任期満了、お疲れ様でした。でも、4月からは特任教授ですね。老骨に鞭打ってがんばってください。北海道、いや日本はまだまだ産学連携ができる人材を欲しています。僕みたいな変な育ちのやつばっかじゃなくてもいいですから、どんどん産学連携学を修めた人間を輩出してください。
益々のご活躍を期待しています。でも大喰らいの弟子はこの変で輩出をやめないと、産学連携学を修めると肥満するっておかしな風評が立ちますから、お互いに気をつけましょう。

学校指定の制服とかカバンとか実は価値のあることなんじゃないんだろうか。

2012年2月18日 18:53

タイトルを見たら、多分、あー、地元の経済の保全の話ね、なんて思う方が多いかなと思います。そういう側面もあるんでしょうけど、今回の視点はちょっと違います。と言っても所詮は思いつきなんですけど。
実はうちの娘も、今度中学校なんざに上がるわけで、色々買いそろえるのに奔走しているのですが、結構それぞれのものがいいお値段な訳です。これを多くの方は「ボッタクリの利権だ」と避難し、もう少しの少数の人は「これで守られる地域の経済や雇用もあるから大事だ」というんでしょう。

ただ、純粋に今回買いまわってものを見ながら思ったのは、どれも「物は基本的にしっかり作ってあるものだよな」ということです。確かにデザイン等々、ダサいのですけど、しつらえとか、丈夫さとか、基本的に3年持たせることを基本的仕様にしていることもあって、非常にしっかりしているわけです。
ここ数年、自分や子供の服を買って着てみて思うのは、「あれれ、服って昔こんなにちゃっちかったっけ?」という感覚です。例えば、ファスナーの作りやそれの縫いつけのしょぼさなど、すぐにバラバラになってみたり、となりの布をすぐ噛んで動かなくなったりと、ちょっと驚くわけです。
制服とか指定のものを指定のお店で買ったものは、やはりその辺がしっかりしていて、「俺の記憶違いじゃねぇなぁ」と思ったわけです。

デザインの豊かな服は、この子らは小さなころからたくさん来ていますが、このようにしつらえがしっかりした服を着る機会は、実はこういうことがない限り、もはや存在しないんだろうなと思うわけです。
変な話、今の服って、初代VAIOの後に雨後の竹の子のように出てきたソーテックのPCを見ているような気分な訳です。見てくれは良いけど、肝心のしつらえはダメで、基本すぐ壊れたりすぐ使い物にならなくなる。実は、最近の服飾市場ってそうなっているんだろうなと感じるんですよね。
変な話、服の本質をちゃんと体験したもらうのに、こういうしつらえがしっかりしたものを、ちゃんと買って着る機会と考えると、学校指定の制服とかカバンってのは、実は非常に重要で価値のあることなんだろうなと思うわけです。確かに高いけど、そういう観点で見れば、今の何でも安く買いたい親は嫌うのは分かるけど、いいものをちゃんと実感させるのに大事なことなので、それも教育の一環と買えばいいと思うわけです。

ただ、ダサいし時代には合わないなぁと。ちゃんとデザインからしつらえまでしっかりこだわったiPhoneのような製品を、制服として市場投下して欲しいなぁとは思います。

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