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学問とか連携とか

北海道こんぶDayでは何を狙ったのか。

2016年11月16日 10:11

11月6日の大雪の中のイベント「北海道こんぶDay」ですが、昨日の昆布の日にようやく報告書も脱稿して、やることがひと段落したので、忘れないうちにこういうことを書き留めようかと。こまごま反省すべきことも書かないかんとは思いますけど、それはそれで別の場所と機会で。

やってる間は本人も、無我夢中だったしいろいろ忘れていたり、何を目指しているのか言語化できていなかったり。でも、もののけ姫作った宮崎駿じゃないけど「自分が何を作ったのかよくわからない」ってことはなくて、明確な目的をもってやっていたんだなぁと後付けで分かります。
ちなみに、このイベントで裏方ですからーっていうのは簡単だけど、まぁ、何のかんのと事実上のプロデューサーだったわけなので、僕の意図が成功したかどうかを含めて他者判断をもらえるように記録に残そうかと。

ちなみに、初めの初めからそういう立ち位置だったわけではありません。以下、問題がないと個人的に判断した方は実名で行きます。北海道こんぶ研究会(以下、研究会)の理事の吉田省子さんが、このイベントのいわゆる脚本家にあたる方です。どちらかというと脚本のブレストと整理に付き合っていただけで、この辺では完全な傍観者。ここで、実は明確な意図の一つがもう生まれていて、それは「多様性」なんですよね。テーマ自体は「こんぶ」というめちゃくちゃ単一で縛りは激しいんですけど、あらゆる側面や角度からの昆布へのかかわりを受けいれる多様な主体に関わってもらうというのが一つの狙いとして明確になってました。

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情報社会学フォーラムを旭川でやってみようかと。

2014年7月12日 17:24

昨日、社長の北口氏のBLOGで先に上げていただいているのですが、
情報社会学フォーラム「情報社会の進展と地域の未来」に参加した方がいい理由を考えてみた!
という事で、情報社会学フォーラム「情報社会の進展と地域の未来」というのを旭川で開催することにしました。

開催の経緯は割と単純で、私の所属する多摩大学情報社会学研究所の地方合宿を旭川で開くことになったのがきっかけ。
この研究会の地方合宿は、最先端の実践と研究をする人が少数精鋭で集まって、缶詰めになって議論をするためのものです。こういう最先端に身を置くからこそ集中して議論をする時間をあえて作るために地域地方での合宿を企画しております。で、なんとなく、この合宿の幹事的なものをいつも研究室の末席である私がお受けしています。で、参加者の名簿とか実績を見ると、多分、この方々が一堂に会する場面って、日本中どこ見てもないよなって、前回の高知大会の時にも思ってまして。

と同時に、ずっと自分が持っている問題意識として、ネット社会なのにもかかわらず、実際には地域地方と東京の情報格差はますます開くばかりというのがあります。特に、ビジネスや研究のようなグローバルなものほど格差が開くのが実態です。ネット時代なのに、ビジネスをするにしても研究をするにしてもある程度の頻度で東京に出張しないと何もやれないという状態は一向に解消されないわけです。
それは情報量の問題ではなくむしろ情報選別における質の問題で、例えば中小規模の書店で平積みしている書籍が圧倒的に違うわけです。特にビジネス書は顕著で、札幌でも愛知でも、本当にその地域で規模の大きな書店の平積みの本であっても、首都圏の中規模の書店の平積みで紹介されている書籍の質の差は一目瞭然です。地域地方に住んでいたって結局アマゾンで買うから関係ないと言いたいけれど、アマゾンで何を選ぶかという情報選別の質が圧倒的な差になっているのです。
多分そういう差を作っているのが、テレビで見る有名人の話を聞く機会なんかより、それぞれのジャンルのそれぞれで実際に活躍している人との直接的な接触機会が全く違うんだろうなと思っています。テレビに出るのは各ジャンルの実践者ではなく、基本的には各ジャンルの評論家です。かつて実践者であったとしても、今まさにそのジャンルに邁進している方は、マスコミに出ている暇などほとんどありません。
こういう人と出会ったり議論したりする機会の差が、この質的な差を生み、押し広げているんだろうと思われます。でも、このクラスの人は、その道の仕事をしていれば本来であったり接触を持っているべき人々です。そして、ネット時代なのだから、地域地方の人でも、こういう人々とはもっと接触できているはずなのです。結局、マスコミで聴いたことがないからスルーって態度が、せっかくの情報化社会で埋まるべき量と質を自発的に押し下げている状況ともいえるのです。

で、前置きがどんどん長くなるのですが、今回はそういう意味でその道の専門家(後で少し紹介しますけど、情報社会、国防、炎上、研究業の専門家で割と知る人ぞ知る人々です)があつまります。旭川市民にとっていいチャンスなのに、その人々を市内某所に監禁して研究会だけやって、さくっと飛行機に載せて東京に返すなんて、余りにも勿体ないし、旭川出身者として見るに忍びない状況なわけです。
で、思い切って、御大の公文所長を初め研究会参加者で少し早く会場入りできるみなさんを講師にして、フォーラムを是非開催しようと許可を得て右往左往して、開催にこぎつけました。
本当に、拠点として事務局を受けていただいた、株式会社アイリンク様、ご後援をいただいた旭川市役所様、特に会場の確保、当日のスケジュール、お客よせ等、縦横に活躍ご助力いただいた職員の皆様(名前出していいかわからないので、こういう表現でゴメンナサイ)、また研修会場と諸先生の宿泊をこの超ハイシーズンにご手配頂いた中小企業大学校旭川校様、広報にご助力いただいた一部メディアの皆様には感謝の気持ちで一杯です。

ちなみに、某地方で同じように一線級の人を取りそろえたフォーラムをやったことがあります(バイオベンチャーとベンチャー支援、宇宙開発を通じた社会変革、SOHOという業態の先駆者、高校発ベンチャーを老後にしてしまった人、今回も来てくれた小松さん、このフォーラムの報告書はもう有料にしちゃったので必要な方はご連絡ください)が、もう、今でも根に持ってますね。まったく、無視どころか積極的に足を引っ張られて、4人しかお客が来ませんでした。この地方は、完全なる自殺行為を自分でやったわけです。
今回のフォーラムがそんなことにならないことを深く祈ってます。自分をはぐくんでくれた旭川だもん、きっと大丈夫。

一応、概要と先生をFBで勝手に紹介したリンクを散らかしておきますので、適当に読んで予習して来て下さいね。

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情報社会学フォーラム「情報社会の進展と地域の未来」
主催:多摩大学情報社会学研究所
共催:株式会社アイリンク
後援:旭川市、株式会社ソーシャルキャピタルインテグレーション
日時:2014年7月19日(土)14:00~18:00
場所:旭川市障害者福祉センターおぴった2F会議室1(旭川市宮前通東4155番地30)
定員:50名
参加費:無料(終了後懇親会¥5,000-)

■基調講演「情報社会の新楽観主義~ものづくりとICTの融合が生む未来~」

講師
公文俊平(多摩大学情報社会学研究所所長)
https://www.facebook.com/funahasi/posts/681061401969030

■パネルディスカッション「情報社会学が指し示す新しい社会システム」

パネリスト
山内康英(多摩大学情報社会学研究所所長代理)
https://www.facebook.com/funahasi/posts/684549171620253

小松 正 (小松研究事務所代表、多摩大学情報社会学研究所客員研究員)
https://www.facebook.com/funahasi/posts/689747717767065

田代光輝(多摩大学情報社会学研究所客員准教授)
https://www.facebook.com/funahasi/posts/687468041328366

コメンテーター
公文俊平(多摩大学情報社会学研究所所長)

■懇親会
日時:2014年7月19日(土)19:00~21:00
場所:矢代商店(旭川市10条通8丁目)
参加費:¥5,000-
PeaTixで懇親会事前チケットを買うと1割引き
+ソーシャルプログラムを利用いただくとそこからさらに1割引きになります。
http://peatix.com/event/41432

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この出会いの場を市民の皆様、道民の皆様が是非活用して頂けることを期待しています。

どっちでもいいセレモニーなんだから、どっちでも良いよ。

2014年4月14日 13:50

たまには、BLOGにどうでもいいことを書こうと思う。まぁ、ほとんど、読む人にとっては常にどうでもいいことしか書いていないと思うけど。

担任になった教師が入学式に、自分の子どもの学校の入学式に出るため、休みを取ったというのが騒ぎになっているようです。僕のTLでも賛否両論だし、TVとかでもそんな感じ。
はじめ、報道を聞いたときは、子どもが小学生とかだったら、そら親ついていってあげた方がいいよなぁとか思ったわけです。だって、連絡事項等々含めて、親御さんが行かないとまずいでしょ。
でも、職場の学校も高校なら、先生のお子さんも高校生という話。そんなもん、親がついてこなくても、勝手にいけよとか思うわけで。おおむね受験とかする際に場所もわかっているわけだし、大体、義務教育でもないから必要な連絡事項は自分でキープして親に依頼しろって話であるわけです。
って、書くと、僕は賛否の否の人と判断されると思われます。が、「教育者として入学式は職場のに出ろ」という主張をする気もまったくありません。

変な話、たかがセレモニーなわけです。義務教育ではない高校なのですから、入学式があろうがなかろうが学ぶべき事は定まっているんだし、入学式に担任がいようがいまいが、今後学ぶのに必要な事務連絡や資材が適切に提供されればそれで問題はないわけです。
大事なのは、3年間でどれだけ適切に学びを提供いただけるかでしかなく、それをサボればそれは非難の対象ですが、たかがセレモニーくらいサボったからって、そんなもの何ぼのものだと思うわけです。ちなみに、卒業式も同様です。
セレモニーが不要とは言いませんが、セレモニーは誰のためで何のためにやっているのか、一度冷静に考えるべきです。そして、セレモニーはセレモニーでしかなく、そこに内容はほぼありません。

ということで、個人的結論としては、賛でも否でもなく、文字通り「どっちでもいい」です。あ、そうか、だからネットで盛り上がるのか。ネット炎上現象の専門家の田代先生がそういってたっけ。

スマホ禁止したって問題は何にも変わらないよ。

2014年3月18日 07:58

先日来、隣街の小中学校が21時以降のスマホ禁止にしたという情報を聞いて、はぁ?とか思ったわけですが、僕のTL周りを見るとわりと皆様好評なわけです。昨晩、思わずFBとTwitterに中途半端に書き散らかしてしまったのですけど、飲んだら書くなの鉄則を思い返すと、改めていま素面なので書こうかと。

とりあえず、一番誤解なく全体像が伝わっているのは以下の記事と思われます。

「子ども21時でスマホ禁止、刈谷市が大胆な試み。LINE既読スルー問題、保護者責任を校長が明かす」
http://japanese.engadget.com/2014/03/17/21-line/

これで読むと、ある程度わからなくもないです。特に、「保護者は自分で子どものために契約しておきながら、トラブルがあれば問題を学校に持ち込みます。子どもに持たせるために契約したのは保護者でありながら学校にです。これでは責任の所在が本末転倒です」あたりは、モンスターペアレンツ問題を踏まえると偉大な一歩のように見えなくもありません。

ただ、ボクのICTに関するスタンスとしては「未来を考えたら、子どもはもっとネット使うべきじゃね?」というのもですし、今回の選良な親御さんによる規制はモンスターペアレンツ的な親御さんに一切届かないかとも思います。「バカ親を笑いものにしても何も変わらんでしょ」というわけです。

そもそも、これの無意味さは校長の発言が全てを示していて「そうした子どもたちに、21時以降は親にスマホを取り上げられるから、と言い訳ができる状況を作りたいんです」ということなのですが、そもそも、そんな言い訳をしないとだめなような家庭や地域や学校になっていることの方が問題でしょうと。
そもそも、家庭がしっかりしていれば、既読スルーで友達がいなくなっても家に逃げ帰ればいいわけです。
大体「スルーするな」とか「既読しよう」というのをあせるのって、周囲の人間関係の状態の現れですよ。もともと、ちょっと返事来ないでイライラしたり連絡つかなくて騒いでいるのは周囲の大人の方です。皆同じように連絡つけよ、という変な同調圧力の素敵な賜物なわけです。
そういう同調圧力バリバリ出しているような地域社会を作っている保護者や周囲もどうかと思うし、同調圧力をバリバリ育成するような部活至上主義とかアホくさいことをやっているのも学校なわけです。

そうした根源的な問題を放置する限り、LINEとスマホ一つ規制したって別のツールが出てきて同じ状況が生まれるだけです。特に、ダメ親と学校が変わらんなと思うのは「僕自身、スマートフォンの機能にはついていけていませんし、親御さんたちだってわかりません」というセリフ。結局学ばず楽して子供を支配しようという、無能の宣言に他ならないわけです。子供の100倍勉強して子供以上の知識をもってICTに対峙しなさい。それをせずに、適当に子供に制約をはめて、未来を潰すばかげた事は止めましょう。

とはいえ、子供は次々新しい抜け道を探すわけでしょうから、実態はなんも変わらんでしょうけどね。自分が子供の頃思い返せば、そんな選良な一部親が決めた気持ち悪いいい子向けの規制なんてマトモに守りました?
それにしても親と先生の都合を子供に持ち込むなって感じです。はい。

ぶっ潰すのは偏差値教育より前に偏差値信仰じゃないのかね。

2014年3月10日 08:03

某脳科学者の予備校と偏差値教育はぶっつぶれろというツイートが僕のタイムライン界隈ではわりと賑やかになっています。関連エントリーで一番好感があるのは、やはりネット上で知り合ってわりと意気投合しているZ会の寺西さんの建設的批判には、「存在を認める」ことが欠かせないです。ただ、これはこれで読んでもらうとして、僕の所感を残そうかなと。
実は偏差値レッテルで数年間は苦しんだ経験がある(のらの成り立ちあたりをお読みください)ので、偏差値とそれを元に飯の種を構築している受験産業にいい思いはそれほどなかったりします。なので、ある面で、某脳科学者のツイートには共感すら覚える側面はあります。実際にRTしましたしね。

ただ、寺西さんが述べているように偏差値そのものが悪なのではなく、偏差値にまとわりついている、周囲や社会のさまざまな思い込みが悪なわけです。やっぱり低偏差値校に行くと、その人の人物を見て理解してもらう前に、偏差値が低いという理由で多くの人が全人格を見下すという現実はあるわけです。当然、そうやって扱われて生きていくと、自然、本来の才能は他のところにあったとしても、その才能の開花すらつぶすことも少なくないはずです。

日本社会に過剰に浸透した偏差値信仰こそがぶっ潰されるべき悪であって、なので、偏差値そのものが悪ではないのは僕も認めるところです。もっといえば、受験「産業」というくらいですから営利企業の集合体なのであって、その偏差値信仰下で売れる商売をするのは当然のことです。某脳科学者さんがでているTV局だってスポンサーが指標にしたがる視聴率なんてくだらない指標で番組を現実に測っているわけです。
だからこそ、最もくだらない敵は、その思い込みであって、その思い込みを打破する素敵な研究をしているのが某脳科学者様なんじゃないんですかねぇ。

ただ、僕は偏差値信仰をぶっ潰す手段として、一度、偏差値が不要になる大学入学制度を導入するのはわりと賛成です。ベストは入試と所属大学という概念のない全単位制。ベターは入試無しの全入。単位取得から温情やらナンやらという不透明なものをなくしてしまえばそれでよい、と思いますけどね。

とはいえ、こんなエリート某脳科学者様が偏差値ぶっつせとか言っても、多分、低偏差値下で苦しむ子供らからは「おめーみてーな偏差値エリートがなにいってんだよー」って思われるだけで共感はあんまり得られないでしょうけど。

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