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2015年4月のアーカイブ

二つの門出に立ち会ってきました。

2015年4月26日 14:00

 この数日間で、やり取りした中で友人がメッセージに「二つの門出だね」と書いてきたので、そういう考え方もあるのかと。
 2015年4月24日、娘の高校入学式に出席しました。これが一つの門出。
 同日、夜、親友で盟友の通夜に参列しました。これがもう一つの門出。
 前者はしばらく会えないけど、再会を約束されている門出。後者は何があっても再会できないことが約束されている門出。
 この二つを同じ門出でくくってはいけないんだろうけど、人の生涯ってそういうものなんだろうなと。
 前者の方は、別のエントリでも書いてるし、また幾度も振り返る機会も修正したり努力したりする機会もあるから、やっぱり後者の門出の話をBLOGに。

 2015年4月22日、多くの経済人や大学人を繋ぎ、北海道の知力や経済力の地力を丁寧に下支えし活躍してきた、川下浩一さんが亡くなりました。

 いまでも、わりと短絡的な一発長打で北海道経済を何とかしようという浅はかな輩が目立つ中、彼は事実上ただ一人、北海道の経済に足りないものを冷静に分析し、その上で、その自己の分析に責任を持ち、万里の道をもものともせず北海道の隅々まで自分で駆け回り、繋ぎ、伝え、形にすることを繰り返してきました。東名阪とか海外の有名都市とか地力が根本的に違うのに、同じような浅はかなショック療法を行う愚を見抜いていたのです。

 彼と出会ったのは2002年でした。北海道事務所の経営もなんだか迷走していて、そういう一発長打が必要なわけじゃないんだよなぁとか思いながらも、ずるずると北海道での活動を続けていたころでした。そのころお手伝いしていた、経産省の事業でデジタルニューディールという電子掲示板的な産学でのディスカッションができるシステムの運営に携わっていました。たまたま、私が管理しているプラットフォームに当時雑誌記者をされていた川下さんが登録されていて、その雑誌名が懐かしくコンタクトを取ったのが始まりでした。

 コンタクトを取ってその数日後に、喫茶店で色々と語らって、先に述べているような疑問がたちまちに氷解。北海道での自分の立ち位置と進むべき方向性が決まりました。丁寧に事業をする人々を支えて、外とのネットワークを生かして、個々の経営者がしっかりと経営をするための環境を一緒に作ればいいんだと。道内のネットワークは川下さん、道外のネットワークは僕。その前提に立って、次々と道内の若手から大物まで優秀な経営者をご紹介いただきました。それにどこまで私の力量で答えることが出来ていたのか、今となっては反省することの方が多いです。

 北海道経済産業新聞という、北海道経済の為の情報プラットフォームを一緒に立ち上げたり、産学連携学会の立ち上げやら北海道大学の産学連携を一緒にやったり(この辺は、きっと荒磯先生が別途語るべき内容ですので書きません)、北海道こんぶ研究会を作ったり。彼がつないで形にした足跡は道外にもたくさんあります。これを全部列挙していては終わりがないんじゃないかと思います。言うなれば生涯という有限の時間で無限の足跡を残した人です。でも、もっと時間があれば、もっと稠密な無限の成果が出せたんじゃないかと。

 劉備と諸葛亮の水魚の交わりとはかような事だったんだなと、今になって気が付きます。そんな恰好のいい言葉を言いたいのではなく、いい歳したおっさんが言うのはなんだけど、一緒にいるのがただただ人生を楽しく豊かにしてくれる人でした。北海道の出張で会えば、延々と飲み語らい、北海道の問題を共有して、実施できるかどうかは別にしてソリューションを試行実験し、地方に巡業すればやっぱり不思議な事態を見い出しては地域性を論じ、北海道を隅から隅まで周り分析をした日々が懐かしいです。会う予定が無くても、日本中をウロウロしながら、面白いエピソードを見つけては、「よし、次回の飲むときの肴にするぞ」とため込んで、また出張で会うとのみ語らう。
 ああいう日々がもうないんだなぁと思うとさびしい限りです。このわずか数日でさえ面白い事態を見つけるたびに、なんか、面白い事態を貯め込んでも、ああ、打てば響くように分析し価値を抽出してくれる友が居なくなったんだなぁと、本当に寂寥感が時間とともに膨らんできます。

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子どもを一人暮らしさせてみました

2015年4月20日 09:38

年度末年度初と公私ともにバタバタしておりました。そんな中、自分の誕生日も怒涛のように過ぎ去り久しぶりに自分のPCにちゃんと向かう時間ができております。でも、自社の新業態に向けた設備の更新とか、やることはまだまだあるんですけど、ひと段落したので近況報告を兼ねたBLOGエントリーでも。

この年末年始一番デカかったイベントが、娘の進学でした。北海道内の某高校へ進学となりました。なので事務手続きやらなんやらでバタバタしたのが一番大きかったです。バタバタの中で銀行と個人情報に関する事態で、いろいろ揉め事があったりとか何本かBLOGネタにできる事態もありました。
旭川の学校ではないので、実家住まいもさせれず一人暮らしとなります。といっても女子限定の賄いつきの宿泊施設なので、餓死はしないでしょうしトラブルもそんなに気にはしていません。
よく、周囲から「思い切ったねぇ」といわれますが、道産子ならお判りでしょうけど、北海道は高校進学から下宿ってのは、多くはないけど珍しいことでもないので、特段思い切ったつもりもありません。大体、自分の北大の時に一緒に下宿にいた高校生(今はこんな大物)は根室から来とりました。根室~札幌の移動時間と、愛知の自宅から娘の学校までの移動の所要時間はさほど変わりません(へたしたら、こっちの方が早い)。そういう意味でも僕の中では普通の事態です。

ただ、県外に一人暮らしはさせたいなぁと思ってました。愛知県は豊かすぎて、ことの本質を見失っている人が多いなぁと感じていたからです。特に、「生きるための必要なこと」とか「命のありよう」ってものに対してずれているんじゃないかと。
集落に人が住んでからの歴史が長いからか、人じゃない外敵との戦いとか生命維持の獲得とかより、集落内で村八分ならないことを過剰に気にする風潮を感じます。例えば、北海道でも集落の維持はあるけど、それはクマに食われないためだったり、吹雪で凍死したり輸送経路が途切れて餓死しないためだったり、外部要因からの命の保全のための徒党としてそもそも存在しているわけです。なので、村八分にされちゃ困るけど、マジョリティだって自然の猛威を前に村八分にする余裕もないわけです。そこからの歴史がまだ浅いので、そういう前提はまだなんとなく残っている感じがするんですよね。
愛知県でもそれは本質的に一緒なのかもしれないけれど、どうも、「人が生きるために必要なことの本質」がづれているように感じるわけです。それは、地域との対話でも、ビジネスのやり取りでも、家族の会話でも、常に感じるんです。
(たとえば、自殺した子が出た時に集落ぐるみで「今生きてる子が大事」とかいって隠してみたり。個人的には、今生きてる子が大事なら、むしろその原因をしっかり把握し、集落の構造や認識に問題があるのなら再発しないように対策を練ることこそ大事だと思いますけど。)

なので、せっかくの一人暮らしを始めるので、ぜひともバンバン不便で困った目に合って、「自分が生きるために必要なことはどれか」を探して判断して挑戦して、失敗や成功を繰り返して、「人が生きるために本質的に必要なこと」を身に着けてほしいと思っています。それこそ一人暮らしをさせたかいがあるというものです。
で、その学びの結果、愛知に戻ってこようが、道民になろうが、さらに都民になろうが、多国籍民になろうが、本人の自由です。どっかに羽ばたいてください。
あ、でも、ちゃんと一人暮らしで学ぶこと以外に、学校で学ぶことも学んでくださいね。高校生なんですから。と、娘には言いたいかな。うん。

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