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2012年7月のアーカイブ

感じない子どもこころを扱えない大人

2012年7月31日 17:58

親たちも忙しいけれど、その子どもたちも忙しいのだ。(P.67)

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災害弱者と情報弱者: 3・11後、何が見過ごされたのか

2012年7月27日 15:41

市民もまた、ニュースに対する権利と責任を持つ。(P.177、「ジャーナリズムの原則」第十原則)

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智場 #111 人のつながり -理論,社会,インターネット

2012年7月26日 18:53

何か実体的な自分のアイデンティティというものがあるというより、人とのつながりのなかでその瞬間に立ちのぼってくるものが、そのときのアイデンティティだと。(P.31、池上氏)

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お手伝いをしない子どもがダメなんですか?

2012年7月25日 16:53

元ネタを忘れたのですが、「子どもの教育で大事なのは、好きなことを見つけさせることではなく、人の役に立つことを教えることだ」と言う主張があって、その「人の役に立つことを教えるのに、なるべく沢山の家のお手伝いをさせることがよい」というものです。で、好きなことを早期に見つけたって、それが職業であれば、その競争率はどうせむやみに高くなり、結局その職に就けないで挫折感だけ味わうのでよろしくないと。
ある面ではあっているというか、個人的には実に正論で、「人の役に立ちなさい」というのは僕も異論はないですし、実際に小学校の卒業式の祝辞でも強く述べています。また、好きなことのいく先が、職業にしか向いていないのであれば、それは植松氏が言うところの「就職情報誌の中にしか夢のない社会」ということで、よろしくないとは思います。

でも、なんかこの論旨、違うんじゃねって思っているんですね。似た論旨をしているのは内田樹氏(この本当たり何かそうかな)。でも、決定的に違うのは、学校教育の必要性と独立性の大切さは非常に強く訴えているので、そこで、家のお手伝いを優先して学校教育を否定しろってことではない。
もうひとつは、CAMUIチームの永田氏と植松氏も、似て非なる論旨。好きなことに没頭することによって、人の役に立てるスキルがつくから夢はたくさん持てというのが大きく異なる。好きなことと職業は違う。職業は人の役に立つこと。この辺が彼らの論旨。

僕もお手伝いを否定する気もないし、好きなことや夢が短絡的な職業に結びつくような教育なら、好きなことなど探させなくてもいいと思います。
でも、個人的に、このお手伝い第一主義が最近持ち上がっているのって、そんなことではないように思うんですよ。
もともと、近代社会初期まで、また現代でも一部の地域では、親が子供の労働力を収奪することを普通に行ってきていました。場合によっては、みなしご等を集めて他人の子どもを連れてきてまで、です。むしろ、お手伝いを称揚する親に問いたいのは、その程度の作業は自分がやれるレベルのことで大した手間ではないでしょう。では、その作業が子供の成長につながるかどうかで、お手伝いを決めていますかということです。子どもの手伝いというのは、あなたの体のいい小間使いであればいいということではありません。
人の役に立つ、といっても二つの側面があります。目先の相手の欲望を満たすだけで、社会的に価値のない(場合によっては迷惑)なことでも、欲望を満たされた側にとっては「俺の役に立った」ということになります。他方で、そのお手伝いがちゃんと、間接的であれ社会の役に立つような役の立ち方というのもあります。当然、親が子にさせるお手伝いは本質的に後者であるべき。でも、胸を張って後者と言えるようなお手伝いをさせようとしている、親は何人いるんでしょうね。その、子どものお手伝いでできたわずかな自分の空き時間を、本当にあなた自身が人の役に立つための時間につかっていますか?というのは常に問われるのではないかと。

こう考えると現代のなんとなくある、お手伝い称揚志向ってのは、ちょっと疑わしく思えるわけです。むしろ、現代の児童労働の収奪という、近代への戻りなのではないかと思えます。もともと、児童労働への収奪に対抗するべく、憲法で、教育の権利と義務を唱えているわけです。このことはとても重要なことではないかと思います。
児童から労働を収奪するのではなく、優秀な国民になってもらって、よりすぐれた未来を手に入れようというのが現代社会の一つの優れた到達点であるはずです。そこから、見栄を満たす習い事やら、自分の遊ぶための空き時間を作るためのお手伝いなどで、子ども達から時間を収奪することはこの趣旨に反することです。むしろ過去への退化です。これだけ家電等で時間は山ほど作られているはずです。いい大人が子供からまで収奪するようなことはやめましょう。
お手伝いをさせるのは、内田樹氏の言うように就学前。そして、その役立ちが人の役立ちの連鎖を生むすばらしいことであることをきちんと厳選してさせるべきです。加えて、ちゃんとそのお手伝いで自分の手が空いた分を、ちがう、他社の役に立つ価値創造に親自身が頑張る事。
この三つがなければ、お手伝い教育は搾取と階層固定の連鎖をさらに強固にする、最低の手段になり下がります。よく考えて「お手伝いをしないからダメなんだ」なんて口走らないように。

子どもが小学生以上になって「手伝え」っていっても言うこと聞かないときはその辺を反省するといいのだと思います。意外と子どもはちゃんとしてますよ。

20年前の日常

2012年7月24日 11:07

今朝、弊社社長が朝礼で「今の日常と自分にとっての20歳の日常はずいぶん変わっている」という話があって、では、自分にとって20年前の「20年後も日常だよなぁ」と思っていたことって、どんなんだったんだろうなと。

結構、20年前って、ちょうど酒を本格的にかっ喰らいだしたころで、あと、ちょうど大学3年で、希望の学科に移行できて益々勉強しようとか、金ないけど進学したいなとか思っていたころ。
多分、ずっと大学に来て、ずっと学問をやる日常だと思っていたんだろうなぁ。でも、その日常イメージが次の年には崩れて、マスコミ就職して、その辺から日常なんてちゃんとした生活のありようなんて、見えなかったなぁ。

マスコミやめてから、少し働いて大学院行って、そのあと就職して。その辺の日常は、酔いつぶれることだったなぁ。なんかひたすら飲むの。あとは、狂ったように働くの。よく生きてたよと自分で思う。すさんだ日常という言葉がぴったり。このころだって今みたいな状態なんてなんも想像できなかった。

日常が変わったのは結婚してから。ではなく、子供ができてからかな。結婚してすぐは、東京で普通に働いてたし、名古屋に移ってすぐは嫁はそのまま入院してたので、相変わらず酔いつぶれるのが日常だった。名古屋に戻って、嫁と子供が一緒に病院から帰ってきてからだな。完全に変わったの。
まっとうな、家事とか子守とか、それの段取りを頭で考えてやるのが日常。その合間で、仕事。これが日常。今でも、まだそういう日常。お客が増えて、出先が増えてというのはあるけど、でも、子供とどう過ごすかを考えるのがやっぱり日常。で、たまに、仲良しな人々と飲んで酔いつぶれる。こういう日常。それなりに、子育ての考えがあわなくて、夫婦喧嘩をたまに交える。で、仲直りに頭を悩ませる。これも日常。

こんな幸せな日常、多分ないよな。あんな荒んだ人生がどうしてこうなったのかはいまだに持って謎。妻子とお客様各位と仲間たちに感謝。日常って変えようと思って変えれる部分と、僕のように外的要因で劇的に変わるものでもある。でも、せっかくなら日常は幸せなほうがいい。
どんな人生にも幸せを感じる感受性だけは持っていたいな。

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