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検証 日露戦争

2011年9月27日 16:36

日露戦争は、まさに「二十世紀の始まり」「第零次世界大戦」と呼ぶにふさわしい。(P.16)

意外と日本という国は新兵器で戦争をやることが多かったんよね。例えば砲撃を交え合う海戦を本格的にやったのって明治維新のころの海戦だし。その後、近代的な戦争として、総力戦型の戦争がはじまり、その好例がこの日露戦争ということのようだ。個人的には、日露の戦いは日ソに形は変わるもののノモンハンぐらいまでで実は一つの区切りなんじゃないかと思う。
日露戦争の終結で日本は何かが変質したのだとも思う。国民性もそうだ。

「明治の人たちは個人の心情を吐露しつつも、それを乗り越えていく公の世界があることを認識していた」(P.46、中西輝政京大教授、晶子の歌に対し)

君に死にたもうことなかれと歌っても、やはり公としての戦争も容認し、その公私をしっかり受け入れられたのが、このあとで、同胞を非国民と呼ぶ集団ヒステリーのようなバッシングをする愚か者になり下がってしまう。当然、軍の方も

「明石工作」は、当時の弱小国日本が、超大国ロシアを相手に、あらんかぎりの諜報作戦を展開していたことを物語るもので、日露戦争以後の諜報軽視の風潮と好対照をなしている(P.83)

勝ったばかりにその後はこういう努力を怠って戦うわけです。そりゃノモンハンで大敗するわ。後、個人的には、生まれ故郷にあった師団が活躍した戦争でもあるので、それ相応に子供のころに、ご高齢の方から武勇伝を聞くこともあったわけです。

「国を守るという気概のあった時代だが、戦場で死んだり傷ついた兵士達が伝えたかったのは、決して戦闘の勇ましさではなかったはず」(P.150、上森氏:第七師団史研究家)

ということなんでしょうね。そういう気持ちで生きて行こうと思います。はい。

「全国の部隊を見渡してみて、旭川ほど市民との距離が近い部隊はない。地元の支援がなければ、厳しいイラクでの任務は果せない」(P.154、イラク一陣を旭川の師団から選抜した理由)


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