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公益者に広報なんているのか?

2010年4月 7日 12:32

サイエンスポータルのニュースで【 2010年4月2日 最先端研究予算の5億円は科学コミュニケーションに 】というのを読んで、思わずTwitterでつぶやいていたのだが、こんなことの説明責任を果たすために、5億円もつかうんかいな、とか思ったわけです。あ、色々コラムで書いていますが、基本的に科学は大事だと思っていますし、そこにどんだけ予算がついても、余り文句を言う気は無いのですが、こういう広報やIRに公益事業者がコストをかさませるというのはどうかと思うわけです。
当然、本件で行けば、公金で研究をする科学者コミュニティが納税者に対しての説明責任があるのでその説明をがんばる義務はあるのですけど、金がかかる類のことではないように思います。ただ、説明を受ける僕ら納税者の方も問題があるよなとか思うわけです。
条例なり何なりの審議会でもなんでも、出ると必ず出る意見は「広報をしっかりやりましょう。分かりやすい見世物(パンフだったりCMだったり)を作って、みんなが見る媒体(広報誌以外の種種のメディア)で流布すべきです」というものだ。ぼくは、この意見には大反対だったりする。そんなものにコストをかけるのなら、しっかりやることに金をかけてくれと思う。
広告代理店にどれだけ金を払うんだという話だ。見世物制作費に媒体費なんて考えるだけでもゾッとする。たぶん、そんなわがままを満たす費用なんか全部払ったら、政策コストの大半を広報費が占めることになる。ばかげていることこの上ない。

というのも、そもそも、僕らが公民である以上、公のお金の流れや、条例等が決まる仕掛けやそれを実施する仕掛けの最低限の物事は知っているべきだし、どこに行けばどの情報が手に入るかは、労を惜しんではいけないと思う。「俺のわかるように内容を咀嚼して俺の目の前で俺が聞きたいときに常に説明しろ」なんて態度は公民として恥ずべき姿だ。というか、そういう内容を理解して、そういう内容を入手する流れを理解するために、中学校の公民という単元があるんだろうし、科学の価値についても中学校までの理科教育があるはずだ。
教える側も、そういう事をしっかり意識して教えるべきだ、という問題もある。でも、これも教育を受ける側の責任もゼロではない。入試の点数のための暗記物にしている馬鹿な業者やそれに踊らされている人々が沢山いる。
本来、義務教育というのは、しっかりとした公民を作るためのプロセスのはずだ。今のままでは、ものを考えない奴隷の量産とかわらない。分かるように咀嚼された情報は咀嚼者の意図のものに変貌するし、正しい公益に関する情報の入手経路を知らなければ説明者が寸断した時点で、無知蒙昧な状態になることは確実だ。

確かに、自治体によっては経済活動支援の観点から商品宣伝や産業宣伝を行っているものもある。ただしこれであれば、ちゃんと費用対効果を、一般の商業と同じように見ればよい。それに関しては、普通にそのつど特別会計を組めば良いだけだ。政策一般の論点ではない。
公益の担い手は広報にコストをかけるべきではない。最低限、見ようと思えばすべてが見えるWeb上での透明化の徹底でいいはずだ。大切なのは公益に担い手が広報を一生懸命やることではない。透明化が不十分であればそれはそのつど戦うべき話だ。
公益提供者に対して広報が大事だなんていう、愚かしい事を言うのは誰が言い始めたんだ。言い始めた君は奴隷か、と思えて正直あきれてものも言えない。

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