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彼らに信じるに足る大人社会を用意できてるのか。

2010年3月 8日 11:23

今日、中学校の卒業式に行ってきました。小学校のPTA会長なので来賓で。自分の子供のではなく。校長先生の式辞、中学校のPTA会長の祝辞、卒業生の合唱を交えた答辞。申し分のないすばらしい式典でございました。感動しました。
ですが、なんともかんとも、わが身を振り返って反省しきりなわけであります。

自分の中学校の卒業式を振り返るとですね、答辞を読んでいるのですけど、今回のこどもたちとはうってかわって、心のこもらないことこの上なかったりします。おまけに転校してきたばかりで、おまけにこのあとすぐ引っ越して出て行くまちだったということもあって、ちょっと、ふてくされていたので、読み上げは完璧だったと思いますが、心のこもらなさ無限大でありました。
今回のを見て思うのは、きっと当時の親御さんたちには大変失礼なことをしたんだろうなぁと。たぶん、そんな栄えある役は、あんなふてくされている奴じゃなくて、うちの子にやらせてくれって思った親御さんも少なくなかったと思います。人の親になってよく分かります。そういう意味では、一人の親として、当時の美深中学校の卒業生の親御さんの皆さん、ゴメンナサイ、ではあります。

実は、もう一つ反省したことがあって、それは昔のことじゃなくて、今の自分に関してです。
なんで、子供たちがこんな良い式典をやれるのかなと思うと、きっと、大人たちが用意している大人社会を良いものだと信じてくれているからなんじゃないかと思うわけです。じぶんがなんで、あんなにふてくされて式典に臨んでいたのかと思い返せば、大人たちが用意しくれている社会を信じていなかったからに他ならなりません。あ、誤解なく言うと、親子関係は良好でした。ただ、大人が作っている社会が信じれなかったのです。正しいと教わることと、実際に正しいとされること、成すべき事とされることが余りにギャップがあるように感じていました。
お金がすべてじゃないとか、人のためになりなさいとか、言う割には、大人社会は人から物を奪い、金を奪い、自分のためだけに働きなさい、といっているようにしか見えなかったのです。あげくに、こどもからは遊び場を奪い、安全を奪っていったわけです。効率化やら金儲けのためにそうなっていく社会を毎日見ていたわけです。
だから、中学の卒業式のとき、「こんなろくでもない大人たちのためになんでヘーコラ涙せんきゃいかんのじゃ」と思っていたわけです。

それを裏返すと、今回の中学校の卒業式のこどもたちは、きっとそれだけ、僕ら大人たちが用意している大人社会を信じてくれているんじゃないかと、すごく実感したわけです。
んで、自分は、彼らと同じ立場だった23年前から、「その社会と戦ってきた」、とは胸を張っていえるけど、「ちゃんと彼らが信じるに足る大人社会を用意した」とは、なかなかいえなかったりします。一歩でも近づく努力をしなきゃなと、一人の大人として反省した次第であります。

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