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こどもだけの社会ってどこいっちゃたんだろうね

2009年8月16日 09:30

夏休み。特に、普段フルタイム労働で忙しい家内が家にいるわけなんだけど、色々家事やらなんやらやりたいことがあるので、子供がお邪魔になっていることも少なからずあるようで。で、そういう時は、子どもに「外行ってこい」となるんだけど、でも、なぜかお父さんがついていくわけなんだな。まぁ、僕自身も別にお休みの日なので、それ自体はイヤじゃないし、気にもならない。
で、そういう状況で、下のやんちゃ坊主(性別は女なので、じゃじゃ馬娘が正しいのか)と、散歩に出ながら家の近所を散歩しながら自分の夏休みはどうだったかなとか思ったわけです。

何のことはない、近くの子どもが常にたまっている公園や広場に遊びに行っていたわけです。親に行けと言われるまでもなく。で、近くの木工所の5時のサイレンを聞いて、家にみんなで帰っていたように思います。今思うと、そこに、大人なんか誰もいなかったよなと思うんですね。幼保ぐらいの子から、中学生ぐらいの子までたまっていて、相互に友だちで、相互に面倒見合って、小さい子でも安全に遊べたし、大きな子でもそれなりに楽しめていたように思う。
当然、それなりに怪我もしたし、いざこざも良くあったし、僕なんざ良くいじめられもしたし。それでも、そういう広場というか公園は完全にこどもの社会で、夏休みであれば毎日欠かさずラジオ体操が終われば、そこに誰が言うまでもなく集っていたような気がする。
変な話、夏休みの宿題なんざやった記憶は全くない(というか、実際に全くやっていないのだから記憶もない)けど、このつどいの場には、ほぼ毎日欠かさずに行っていたように思います。家族旅行は、お盆の日に東旭川の叔母の家に親戚一同が集うというのだけ。でも、何の不満もなかったし、思いっきり楽しかった記憶です。

翻って、今の自分の子ども達はどうなのかなと思うと、少し考えてしまう。ラジオ体操が終わったら、家に連れ帰って宿題をさせて、子どもも外に遊びに出ることはなく、ゲームやマンガで一日過ごすという感じ。ゲームやマンガが悪いというのではなく、僕らも、小学校3年生の頃にはDSのはしりのようなゲーム&ウォッチがあったし、コロコロを読んでいたし。でも、何が違うのかというと、それは、件の集い場である公園や広場に持っていって皆でやっていたわけです。地域によってはその集い場が家の屋根の上だったっけ。屋根に乗って集団でゲーム&ウォッチをやっている様はカラスのようだと親どもに揶揄されてました。
遊びそのものが決定的に変わったわけではないように思うんですね。場所が変わっただけなんだろうなと。子どもだけの安全な集い場が失われているんだなと。

空間としての公園スペースがないのかというと、決してそういうことではなかったりします。うちも人里離れて(工場と田んぼに囲まれて)いますが、裏の明治用水横のサイクリングロードの休憩スペースとかありますし、街中に行けば当然、もっと公園もあるわけです。そもそも、この原稿を書いているのも、公園のレストハウスなわけです。
でも、その場に自分の子供を1人置き去りにしても、そういう場にはもうならないんですね。そもそも、他の子は忙しく塾やら習い事やら家族旅行に行っていていないわけです。おまけに、たまにいたとしても、治安が悪いので一人置き去りなんて出来ないわけです。道路が怖いので、行き帰りも心配です。そうするとその時点で親が連れて行くということになり、こどもの社会ではなくなってしまいます。

なんだか、こういう「子どもだけの社会」が失われたことに、いわれのない漠然とした不安感を感じるのは僕だけでしょうか。親子のふれあいが増えたといえば聞こえはいいのですけど、親子としか触れ合っていないという状況のような気がします。
多分、安心安全と教育のありようを僕ら大人はもう一度良く考えて、こどもだけの社会が作れるような、大人の社会を構築しなければいけないような気がします。

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