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平家物語

2009年6月 9日 10:29

「天を與ふるをとらざれば、却つてその咎を受く。時至りたるを行はざれば、その殃を受く」(上P.258、文覚が頼朝に決起を促す)

珍しく一発目の引用文に迷いました。それぐらい何度読んでもずっしりと来る名作です。まぁ、とりあえず、自分への戒めってことで、一発目の引用文を。
それにしても、いまさら何の解説がいるのかというぐらい有名な一作です。ただ、角川文庫のヤツなので底本が一般的なのと若干違うようです。それでも、冒頭の

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる者久しからず、たゞ春の夜の夢の如し。猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。(上P.17)

は、一緒。個人的には、自分が教科書で読んだ

「遠からん者は音にも聞け。近からん者は目にも見給へ。三井寺には隠れなし。堂衆の中に筒井浄妙明秀とて、一人当千の兵ぞや。我と思わん人々は、寄り合えや。見参せん」とて、二十四さいたる矢をさしつめひきつめさんざんに射る。(上P.213)

のシーンが一番印象に残っています。また、後半で言えば

「この人一人討ち奉りたりとも、負くべき軍に勝つべきやうなし。又助け奉りたりとも、勝つ軍に負くる事もよもあらじ。今朝一の谷にて我が子の小次郎が薄手負うたるをだにも、直実は心苦しく思ふに、この殿の父、討たれ給ひぬと聞き給ひて、さこそは嘆き悲しみ給はんずらめ。助け参らせん」(下P.104、熊谷直実、名乗らない敦盛に)

この敦盛の段は、人の親になってから読むとまた感動を誘います。それにしても、

入道相国、上は一人をも恐れず、下は萬民をも顧みず、死罪流刑・解官停任、思ふまゝに常に行はれしが罪の致す處なり。(下P.278)

これは言いすぎでしょう。最後の最後にこんな断罪をされるんじゃぁ、社会改革を志す人が出ませんよ。とかどうでもいいことが気にかかります。
他にも色々コメントをつけたいところですが、何とも時間と体力が無いので、下にメモを残して終了ということで。


「恩を知るを以て人とは云ふぞ。恩を知らざるをば畜生とこそいえ」(上P.82、大納言藤原成親にたいし入道曰く)
「刑の疑わしきをば軽んぜよ、功の疑わしきをば重んぜよとこそみえて候へ」(上P.85、重盛が入道相国へ)
國に諫むる臣あれば、その國必ず安く、家に諫むる子あれば、その家必ず正と云へり。(上P.101)
「重盛、いやしくも九卿に列し三台に昇る。その運命を謀るに以て天心にあり。何ぞ天心を察せずして、愚に医療をいたはしうせんや」(上P.157、重盛が医師を差し向けた入道相国に対し)
「栄花すでに子孫に残す。今生の望は、一事も思ひ置く事なし」(上P.294、相国臨終の間際)
「今は誰をかばはんとて、軍をばすべき。これを見給へ。東國の殿ばら。日本一の剛の者の、自害する手本よ」(下P.68、今井四郎)
今日までもあればあるかの我が身かは夢のうちにも夢を見るかな(下P.77、教盛の大納言辞退の辞)
「天性この殿は、侍の主にはなり難し」(下P.194、梶原、壇ノ浦で義経の評)
「見るべき程の事をば見つ。今はたゞ自害せん」(下P.206、知盛、壇ノ浦敗戦で)
「生を受くる者、誰が王命を蔑如せん。命を保つ者、誰か父の命を背かん」(下P.230、重衡の辞世)

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