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のらの成り立ち~その9:大学院期~

2009年2月 4日 18:58

とりあえず、年始ぐらいに実家に転がり込んだのですが、入院生活が長かったり薬が抜けなかったりして、だるい感じもあったので大学院入試を受ける先を決めるために大学に遊びに行ったりしながら社会復帰を検討していました。

で、なんかバイトでもしようと、チラシに入っていたギフト用の箱に缶詰をつめるラインのバイトが、実家そばにあることを知ったので、社会復帰にはこういう単純な作業がいいじゃろう、ということで面接に行ったのでありました。そしたら、「そんな北海道大学なんて高学歴の方にこんなバイトはさせられません」といわれてしまう。いや、僕的にはリハビリついでなのでそれでいいのだけれど、と思っていたら別の業務を提示され、時給も高いバイトになってしまう。
それがサッポロファクトリーの裏の物流のバイト。テナントの荷物を集配荷しながら、自販機とゴミ箱とロッカーを管理するというもの。リハビリってよりは普通に仕事に。結構ハード。少しづつ元気になってくると、ボチボチ、ススキノなんぞの開拓にも精を出し始めるわけでして。この頃に今の行きつけ見つけたんだよな。
これに並行して、バイトの休みの日には大学に。院を決めるために情報収集。古巣に帰るつもりだったんだけど、たまたま、科学史科学基礎論講座の院生募集のポスターを見てしまう。基礎論の先生は大学の教養時代に習ったことがあって興味があったので、話を聞きにいくと、余り好印象ではないものの受験に必要な情報をもらう。ついでに、先輩がいないという情報も貰う。
この先輩がいない出来立ての研究室ということに魅かれ、ここを受験することに。で、まぁ、無事受かってしまいました。

で、大学院進学と同時にバイト先は終了。でも、たまたま最大のテナントであるサティの商品管理の方に気に入られ、そこのバイトに。事細かに事務仕事を教わりました。まるっきり違う世界の仕事ではあるけれど色々学べました。拾ってくれた社員さんと僕だけの職場。怒られたけど仕事のいろはをよく学んだよなと思う。一番力を入れたのは、間接資材の管理と、バイヤーの適当発注の撲滅。今思えば、データを元にしたBPR。社員さんは私物のPCを持ち込んでいろいろとやってたよな。
大学院はゼミのある週二日以外は、全部バイト終了後に行っていた。なんたって、専攻の実態は科学哲学。夜中にやろうが昼にやろうが大差ないわけでして。1年目は科学哲学一般。2年目は量子力学の様相解釈。ひたすら勉強しておりました。
で、夜はじめて疲れますと、終電時に一番そばの駅から地下鉄に乗ってススキノに。ススキノで一杯。で、とことこ歩いて実家に目指す途中で、ラーメンを引っ掛ける。更に、家のそばのコンビニで980円で売っていた750mlのタンカレーを買って実家の自分の部屋で更に飲んで寝るという日常でした。で、次の朝出勤して、というサイクルです。
あとは、インターネットインフラを引いてホームページを作るということをしていました。社会人の友人が非常にそれに精通していたのでひたすら指導を仰いで、Webサーバー兼クライアント機を立ち上げて色々やっていました。

そんな調子で淡々と2年間を送ったわけですが、博士課程にしようか就職しようかというところで、科学史と科学基礎論の学生控え室が共用で、僕の机の上に、科学史の先生が間違って求人票を置いていたのです。この求人票が、僕の運命を急展開させようとは夢にも思いませんでした。

ということで、次回に続きます。

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