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2008年7月のアーカイブ

この一冊でマルチメディアのすべてがわかる!―マルチメディアとは何かこれからどうなるのか

2008年7月19日 15:44

私の定義は、人間社会における「社会情報学的」な定義といってよいだろう。(P.16)

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一握の砂・悲しき玩具

2008年7月18日 15:43

こころよく/我にはたらく仕事あれ/それをし遂げて死なむと思ふ(P.19)

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安心だけど安全じゃない

2008年7月18日 14:17

安心と安全はイコールではないという話。なんとなく思い出したので。

安心ってのは、個人の気持ちの問題で、安全ってのは具体的にその問題が発生する確率が減少していくこと、だと思っているのでそういう意味で以下は書く。

まぁ、安全ならば安心というのは、安全なものだから人間、安心できるわけでこの辺は再考がなくていい気はするのだけれど、安心だから安全ということはないんだろうなと。
その昔、安心安全の条例とか、その関連の計画だとかをいじる仕事をしていたときに「GPSつきの携帯を子どもに持たせれば、安心じゃないか」という話が出てきたんだよね。で、専門家はこの話を一蹴したんだわさ。「GPSつきの携帯とか防犯カメラってのは、死体発見を早めたり、ひいては犯人検挙に有効だけれども、実際に犯罪にあいにくくなるということではないし、犯罪の発生率が下がるわけでもない」んだと。
で、さらに、実際に犯罪にあいにくくしたり、犯罪発生率を低めるのは、面倒くさいかもしれないけれど、地域の大人による通学路の見守りだったり声かけ挨拶運動だったりするわけだ。で、むしろ、GPS携帯を持たせればもう大丈夫という勘違いから、こういう活動に参加しない大人が増えることのほうが、犯罪にあいやすくなったり、犯罪発生率が上昇するというわけだ。
安心だから安全じゃなくなる、典型的事例。

で、何でこんな話を書くのかというと、地震の防災活動についてもこういう側面があるという話を聞いたから。要は、地震が来ると不安がっているから(安心じゃないから)、防災活動を一生懸命にすることで、災害時の被害拡大を食い止めることが出来る(安全になる)ということ。
そういう意味では、実は、デマでも何でも広まって地震がくるかもという不安感に包まれていたほうが安全になるということらしい。ま、この話をしてくれた方は、訓練用地震ってのを発生されるといいのになと。

ま、でも安心している(安心したがる)人ってのは、それが安全だと錯誤しているから安心しちゃうような気もする。そういう意味では、安全だから安心、というだけのことなんだろうなと。

ファウスト

2008年7月17日 15:42

人間は、努力をする限り、迷うものだ。(第一部P.28、主)

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世界の名著1 バラモン教典/原始仏典

2008年7月16日 14:25

自ら心に打ち勝ったものにとって、心は自己の友である。しかし、心に打ち勝たないものにとって、心は敵のように反抗する。(P.165、バガヴァッド・ギーター)

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