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日本語の感覚

2008年6月23日 09:43

ひとの言うことをよく聞こう。せっかく聞いてもらうのなら、すこしでも興味ぶかい話をしよう。お互いにそういう気持ちがあってこそ言論は栄える。(P.230)

いや、耳が痛いです。聞き手としての自分も反省だし、話してとしての自分も反省です。
以前紹介した、三上文法の本と比べると、かなり感覚的なエッセイ集。まぁ、タイトルに感覚って入ってるし、まぁいいか。
でも、時代が変わったなぁとおもうところも結構ある。もとは1975年という僕の生まれた頃の本だし。
えと、なんかまとめる体力がないので、メモ書きをそのまま放置。本はとっておく。

耳が馬鹿になっているなっていることに気がついた。目は覚えていても、耳で覚えられない。言葉は耳から洩れて、残らないのである。(P.12)
知的な会話や議論によって連帯感を確かめ合うことができなくて、大学生が歌謡曲によってやっと心を通わせ合うことができるような社会は、まだまだ未熟であると言わなくてはならない。(P.91)
われわれは読者として書評家にそれだけの信頼をいだいていない。だから、書評家もわれわれに本当のことを言ってくれないのだ。(P.155)
書評はもっと一般読者を怖れなくてはならない。(P.160)
抽象的な事柄を無駄なく表現したような文章がまるで悪者のように見られる。(P.168)
外国語のことを言う前に、母国語でしっかりした会議、討論ができているかどうか、反省してみる要はありはしないか。(P.190)
言語はもっとも大きな体制(エスタブリシメント)である。(P.205)


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