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マヌ法典―サンスクリット原典全訳

2007年11月29日 13:36

真実でも好ましくないことを語ってはならない。好ましくとも虚偽を語ってはならない。(p.143)

一番、本書を読んでいてインパクトがあった言葉。「巧言令色少なし仁」とか「真言、美ならず。美言、真ならず」とかいっていて、真実でも好ましくないことを積極的に語るのがコンサルの仕事だと思っていたのだけれども、言われてみれば、諫言して殺されちゃった人々の如何に多いことか。それを思うと、結構これは本当だわなと思う。

で、本書に関しては、ほぼ確実に初読。かってパラパラと眺めて、インドって変な国だったんだぁぐらいの印象で読了した記憶。で、今回改めて読んでみて、人権を重んじて人類皆平等思想を植え付けられたボクにはシュードラへの刑罰の悲惨なことは、読んでいて目を背けてしまう。別の意味で、やっぱり変な国なのだ。
じゃぁ、現代社会において、このマヌ法典で述べられていることの全てが役に立たないのかというと、必ずしもそうではないように思える。今生きる人間であっても、なるほどと思える言葉も少なくない。

例えば、よく応援している人々はがいう「言霊」という考え方から、言葉を大事にしていて「どーせ無理」を禁じている。これって、結構マヌ法典なんかでも大事にされてる。
すべての事柄は言葉に依拠し、言葉を根とし、言葉から生み出される。そのような言葉を盗むものはいっさいを盗む者である。(p.159)

で、同じ人々のネタ続きなのだが、パチンコ屋は何の価値も社会に生み出さないということについても記載されている。
賭博と賭け事は公然の窃盗である。王は常にそれらの抑圧に努めるべし。(p.322)

そして彼らのロケット製造の様というのは、まさに、
疲れても疲れても何度でも行動を起こすべし。なぜならば行動に着手する人間に幸運の女神は従うからである。(p.333)
と言っても過言ではないような世界である。

一応、生活規範に関することもあるが、兵法についてのことも書かれていたりしていて、結構、孫子やらなんやらに通じる内容も多い。

敵が彼の弱点を知らないようにすべし。しかし敵の弱点を知るべし。亀のように手足を隠し、自己の弱点を護るべし。(p.214)

体を苦しめることによって生命あるものの命が滅ぶように、領国を苦しめることによって王の命もまた滅ぶ。(p.215)

懐柔、贈物、分断を同時にあるいは個別に用いて敵を征服しようと試みるべし。決して戦闘によってすべきでない。戦う双方にとって戦闘における勝敗は不確定である。それゆえに戦闘を回避すべきである。(p.226)

あたりなんかは、非常に基本的な兵法書に書いてある内容そのものだ。このほかにもこんな記載が結構あったりする。

あと、仕事の上で感銘を受けたのが

正しい生き方(ダルマ)、愛・欲(カーマ)、実利(アルタ)について思いを凝らすべし。
相互に矛盾しあうこれらを同時に獲得すること/略/について考えるべし。
(p.220)

の節。企業理念と実利と個人的な欲とを全て同時に獲得できるのが、企業として優れている仕掛け。どうしたらそうなるのかを常に、思いめぐらせるのは古今東西差はないというところかと。

知識を商売にしているものとしては、以下の3節はしっかり押さえておきたいところかな。

何者にであれ、問わないのに教えてはならない。また不適切に問うものにおしえてはならない。(p.59)
聞かれもしないのに教えると相手の不利益になるんだよね。おまけに変な質問に答えると後々まで尾を引く。

富の蓄積は、糊口をしのぐだけを目的とし、非難されない自らの職務に従事して、身体を苦しめずに行なうべし(p.123)
お金の意味はなんなのかをおもえば、これでいいと思うのだな。問題は、今やっていることが「非難されない自らの職務」といえるのかとか、体を苦しめず行っているのかという点。

手足は水によって清められる。心は真実によって清められる。人間の本体は学問と苦行によって、判断力は知識によって清められる。(p.177)
こういう比ゆは随所にあるけど、これが秀逸かと思ったので、引用。心以外は清められそうな気もする。

無意識であれ、意識的であれ、非難される行為をして、それから開放されることを望むならば、二度としてはならない。(p.397)
これはいつも、そう思うけど、おんなじこと繰り返しちゃうんだよね。われながら愚かだ。


古代インドのイメージ変わったなぁという節を最後に紹介。

肉食に罪はない。酒にも性の交わりにも罪はない。それは生き物に自然な活動である。しかしそれの停止はより大きな果報をもたらす。(p.168)
えー、肉食OKっすか。愛欲OKっすか。なんか、肯定してそれ以上の利得があるという論拠に立っているとは思っていなかった。

王は、証人が二分したときは多数を採用すべし。(p.242)
えー、そんな適当な審判でいいんですか。陪審員制度ってことですか。

真実を語れば、/略/死刑の可能性があるときは、虚偽を述べてもよい。そのことは真実に勝るからである。(p.246)
えー、条件付とはいえ、裁判でうそつきOKですか。いやぁ、そりゃまずいでしょ。と思うのが現代人の感覚なんだろうなぁ。

で、本全体としてどの程度価値があるのかというと、なんとも言いがたい。5年後ぐらいに読み返して、再度、評価して、いらんなぁと思ったら売っちまおうっと。


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