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損しない程度に安くして

2007年11月13日 12:54

某会社の給料がいいという話を、いいなぁという会話をしていた。サラリーマン時代からほとんど思ったことは無いんだけど、いいなぁと思う人には、心の底からいいなぁって思えるんだろうなぁ。
でも、その会社の売りは取引先からの納入物を安くする形でのコストダウンで、そういうコストダウンの結果利ざやが増えて、特別賞与が出るまでになたわけだ。なんか、それって給料増えて幸せなのかねぇとか思うわけだ。

人の仕事を安く買い叩くってのが、本当に幸せなのかなぁと。必要なもんを作ってくれた人の仕事を安く買い叩くってことは、いざ、その人が必要な仕事をしてくれてもその相手に安く買い叩かれるってことに他ならないんだと思う。まぁ、そういう流れが結局デフレって奴になるんだろうけど。
感謝の量に見合った、支払いをするってのがやっぱり人間社会の基礎であって、それをしないで一時的に会社の利ざやが増えたり、給料が増えても結局のところ、回りまわってしっぺ返しが来るだけ。
社会全体の富の量を一時的に偏在させているに過ぎない。

とはいえ、一個人や一企業にしてみたら、持ってるお金の量に限りはあるし、その中で最大限のサービスを受ける努力はするもんではある。ある意味それはしょうがない。その中で値切るという行為は発生するし、それ自体は感謝の量を買い叩く行為だ。
なんとなく、思い出したのが、うちの母親の口癖。

「損しない程度に安くして」

これは結構、なるほどと今は思う。徹底的に安くしてってのが今の流行である。他店より一円でも高かったら、それより安くしますなんてザラだ。それは、結局、ただの感謝の買い叩きであり、自分だけよければいいというエゴそのものである。要は「お前のところから買ってやる」という姿勢そのものである。
でも、自分のために色々してくれるという観点に立てば、「買わせていただく」だし、それ以上に長く付き合っていこうと思うなら、適切な感謝の量で買って上げるべきである。
とはいえ、持ち金に限りがあったり、他人のお金(会社の金、家庭の金)であれば、無制限に買ってあげることは出来ない。そうすれば自然と選択肢としては、相手を叩きのめさない程度の金額で買ってあげる、ということしかない。

そうすると、「(とっても感謝しているんだけれど、自分の金じゃないので)損しない程度に安くして」というのは、唯一の選択肢の回答ともいえる。
適切な感謝の量で買ってあげることが、ありがとうの経済の基本だけれども、組織のお金を預かるということでは、組織全体の感謝というものを即時に定量化できないときに、一つの知恵だと思う。

そうした流れの中で、出た利ざやで、給料を増やせれば最も優れた行為だし、それであれば変な反動はどこにも来ないはず。
そういう社会であれば、たぶん誰も他人の給与を羨むようなことはないとは思うけど。

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