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2007年9月のアーカイブ

北海のら2007年9月18日

2007年9月18日 23:58

久々のら。愛知の人と札幌で酒宴。疲れたのら。

プロジェクト・マネジメント

2007年9月18日 20:23

本棚にあってもいいかな的な本。
この本どおりにプロジェクトはまわりません。

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いやー、日本国民をやるって大変なのね

2007年9月15日 11:04

さっきのエントリーの続きのネタなんだけど。
某TVのコメンテーターが、「高齢者への福祉はどこまでも優しく無いとおかしいですよ」と政治屋にほざいていたのを見て。ぉぃぉぃとか思ったわけです。普通に考えて、際限なく福祉ばかりやれるわけはないし、公益システムである国や地方自治体にそれをやれと言うのは、憲法にも矛盾しているんじゃないのと思ったわけです。

普通に考えれば、日本国憲法の25条に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を公共の福祉の観点で実施するわけだから、際限なく特定の福祉だけやり続けるって話にはならないし、最低限でいいって話なわけだから、国家や政府がそこまでやることを義務付けられてはいないはず。全く、こいつは憲法改正でもしろっていうのか。
と、思ったんだけど、ひょっとかすると、このコメンテーターの主張を擁護するような条文が無きにしも非ずかもとか思って、日本国憲法の全文を読んでみたりしたんだな。

いやいや、ビックリ。もとの主題なんかどうでもいいです。
前文のすごいこと。
前文の最後は
「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
って、誓っちゃったんですか。ひえー。「この理想と目的」って

・正当に選挙された国会における代表者を通じて行動
・われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保
・恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚
・平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占める
・全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する
・自国のことのみに専念して他国を無視してはならない

と、この辺なのではないかと。改めて読むとすげぇ崇高。しかもこんな凄いものをカタチにすることを日本国民は誓っているのです。明日から頑張って、全力をあげないとね。誓っちゃってるみたいだし。
こう思うと明日の俺のネンキンよこせとか騒いでいるのも小さい人間だなぁとか思えます。日本国民失格ですね。まぁ、それを突っつく僕もですけど。
こんな崇高なことできないと思ったあなたは改憲派です。現行憲法ではろくに選挙に行かないくせに、お上にやってくれとか言って批評と批判だけするようなことは許されないということのようです。

で、まぁ、先の本題に関しては第25条の2があって「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」となっているんだな。どこまでも優しくなれと言うのは行きすぎとしても、最低限度でいいじゃんかという姿勢はダメらしいということです。

人のつながりを構築しなかった自分が悪い

2007年9月15日 10:59

最近、自国の首相様が政権をほっぽり投げてくれたおかげで、政治ネタがTVをにぎわしてくれています。そこで、いろんなコメンテーターがいろんなことを言うわけだけれども、何こそ抜かしているねんとか思うわけだ。
TVに突っ込みいれているレベルでの話しなので、BLOGに残すほどの話かどうか微妙なんだけど、気が向いたので書く。

ネンキンやらシャホチョウとかの議論で出てくるのが、僕らの世代があまりに無責任で面倒を見ないと言う奴。それが不払いになっていたり、横領になっていたりするんだ。若い奴らが悪いとか言う議論、うちのまちの中にも「ボランティアより親孝行でもしろ」とか言うやからもいる。

ある意味正論で、家系とか地域単位で下の世代が上の世代支える部分を支えていれば、支出も減るし事もうまく回りそう。でもねとか思うわけだ。そもそも、今の上の世代が下の世代にちゃんと投資したのかいなとか思うんだわさ。もっと言えば横の助け合いも構築してないんじゃないのと。
そもそも、今のネンキンでどーのこーの騒いでいる連中ってのは、世代的に言えば、高度成長期に地域のことや次世代に何を遺すかなんざ、ろくすっぽ考えないで、金儲けにまい進して貯金を無意味にふくらませて、バブル期に責任ある立場として、私利私欲に走ってこれまた会社の金や税金でノーパンシャブシャブ何ぞで現を抜かしていた世代。自己利益のためだけに邁進して、次世代に投資もしなければ、学校システムがゆがんできているのにお受験だの受験戦争なぞをお気楽に激化させてきた世代でもあるわけだ。
TVのコメンテーターなんかも寄ってたかって年金やらなんやら払い込んだのに、残ってないとはどういうことだとか、今の世代の連中が高福祉国家を作って施せとかほざいている。でもな、あんたらの世代が政治をまっとうに監視しないから、ネンキンの無駄遣いとかシャホチョウのいい加減なシステムが出来て運営されたんだろうがよ。自業自得ジャンか。

上の世代にしてみれば「食わしてやったのに、何抜かすんだ!」とかお叱りがあるかもしれないけれど、こんだけ社会をゆがませておいてその自己責任を取らないで、これまた自分の権利だけほざくんかい。反省しやがれとか思うわけだ。食わしてもらったことの感謝を割り引いたって許せるものじゃない。
教育から地域と家庭を切り離しその教育に子供を押し付けて、地域と家庭を切り離して地域のこともを行政に押し付けて自分は何もせず、自分の私利私欲に全力で走っておいて、いざ老齢になったら、地域は面倒見てくれない、子供は面倒見てくれない。だから最後の砦の行政、何とかしろなんていう主張は虫が良すぎる。

因果応報自業自得。よくかみ締めろ。
むしろ君らに年金を払う意思は僕にはなし。むしろ君らの貯蓄を全部放出して、この社会のゆがみを直してください。厳しいかもしれないけど、僕にそんな財源と時間があったら、次世代と地域に全力投球するに決まってる。

カネに頼り頼るものはカネに泣く。人に頼り頼られるものは人で必ず幸せになれるんだ。

日本の自治は本当に後進国?

2007年9月13日 10:57

先日、僕が取ったわけじゃない電話の話。
たまに市民活動を支援するセンターに勤めているわけなんだけれど、電話で、「有償ボランティアが発達していない。日本のボランティアは遅れている」というのが来たわけだ。
で、電話の主の主張だと有償ボランティアが発達しているアメリカが先進国だと言うことらしい。

この電話の主は持ち出しになる日本のボランティアはおかしいと、アメリカに住む友人が言うから遅れていると主張しているのだけれども、本当に、有償ボランティアが無いところは遅れた地域なのかなぁとか思ったわけだ。
そもそもボランティアってのは、ある種の公益性を国家や自治体等のガバナンスが提供できないから、その公益性を主体的に埋めようと言う話であるはずだ。国際的なNGOなんかはその国家間の利益調整がもどかしいからやっている性質だ。

とすると、そもそも論として、まずは日本という地域に住むことにおいて、公益の提供がどうなっているかと言うことに他ならない。次にその公益提供を担う組織のありようがどうかという議論にうつるべきだ。
とすると、アメリカと同じ土俵でボランティアのありようを議論するのは不適切なのは明白だ。そもそも、ガバナンスが公益が提供する公益の幅と内容が違うので、有償ボランティアが成さねばならぬような領域まで、自治任せにしていないと言うことに他ならない。まぁ、それだけ国家なり地方公共団体なりが公益を幅広く提供してきたということなのだ。

それでも、住民が望む公益の幅が広がってきているなかで、日本でも特定非営利活動推進法が施行されたり、ボランティアに関する状況は欧米に近づいてはいる。でも、それは金銭的持ち出しが0と言うことではないはずだ。
どの国のNPO法人法でも読んでみるといい。基本的には「会員=社員」であり、会員はお金を受け取るのではなく、会費を払うのだ。お金を払って社員をするのである。なので、必ず金銭的持ち出しは議論のベースになっている。
ボランティアの組織論で行けば、世界中どこでも基本は、その会費の総額に対して予算を配分して自治なり公益の提供をしていくのだ。その中で、それ以上の支出で必要な経費は再度持ち出した人に払われるものの、原則としてボランティアをやるために初めにお金を払うのが当然なのである。おまけに、理事と言うのは原則無給の仕事とされている。いわば「責任者は無給ボランティアであれ」と言う厳しさだ。
たしかに寄付や助成金や補助金などで財源が潤沢なNPOは社員以外にも有償でスタッフを雇うことも出来る。こうしたものを有償ボランティアと呼ぶわけだ。

日本だと、寄付に関しての控除等は少ない。裏を返せば寄付であちこちの公益を回すのではなく税として取り、国家として公益をやっていくと言う仕掛けになっている以上、有償ボランティアが広がりにくいのは当然ともいえる。
これは、公益を提供する社会システムとして進んでいるとか遅れているという性質のことではない。

僕たちは、何でもかんでもなんだか分からないけれど、とにかく気に入らないことがあれば「日本が遅れている欧米が進んでいる」(加えて言えば「日本は進んでいる、アジアの諸国は僕らをパクって儲けている」等)と言いがちだが、実態を良く見るべきだ。

こんだけへ理屈を捏ね回した挙句に書くのも恐縮だが、自治機構が優れていると言うことで2005年に世界一のインテリジェント・コミュニティとして表彰されたのは東京の三鷹市だし、他方で公益として提供している電子政府ランキングで、北朝鮮の後塵を普通に拝している体たらくでもあるわけだ。この事実を踏まえて、日本の公益システムがアメリカより遅れているとも進んでいるともいえないはずだ。

変な話、有償ボランティアが発達していないこととか瑣末な指標をあげてあげつらうより、もっとちゃんと「公益とは何か」とか、自分のノウハウでどういうことを提供することが公益に資するか、と言うことを考えてやって欲しい。
あと、日本にだって昔からボランティア組織でしっかりとしたものがある。町内会だって子ども会だって立派なNPOなのだ。こういうことを考えればかなりNPOの歴史もあるしこういう為政者の中での独自の発展を遂げているはずだ。

当然かれらも公益の一翼を担っているのだ。決して欧米の自治機構に遅れをとっているとは言い切れないのだ。

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