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2006年4月のアーカイブ

高齢転職と茶器

2006年4月14日 11:52

古くからの友人に転職相談をされたときに、色々お話していて思った。

友人いわく
「友人(=友達の友達のこと)は転職に精力的で、バリバリ履歴書書いたり、求人情報誌見たりしてアプローチしているんですよ。30代過ぎでも凄いよね」
とのこと。
彼自身も転職を考えているらしく、こういう風にアプローチしんとだめかなぁと言うことでのお話だった。ちなみに、最近僕は転職活動をしていないけど、取り扱い上、数箇所に雇用されているし、僕と同年代の連中で転職したやつらを見ると、ほとんどが「企業(各種組織や社長)からの一本釣り」なのだ。
「求人情報誌を眺めた記憶なし」「かっこいい履歴書なんか書いた記憶なし」なのだ。転職先は向こうから近づいてくるし、履歴書なんか最後の最後に書類合わせで提出するくらい。

んじゃ、どうやってこういう人材が流通しているのかと言えば、思うに、人材という茶器が合って、この茶器の価値がわかる好事家のクループによって、すでに知られている中で流通している感じ。名器といわれる超一流茶器もあるけど、そうでなくても、日常的に使う少し枯れた茶器とかこの好事家グループ内では普通に価値が理解される一点物の茶器なわけだ。いわば、業界と言う茶道の流派のグループ内で、いい茶器って決まっていて、どっかのお茶会で供されたことのあるものを相互に欲する。で、その中で金額が決まって流通する感じ。

そう考えると、履歴書なんてパッケージやら、求人情報誌なんていう店舗リストも別になくても、ちゃんと金が動いて流通している。そういう茶器になってしまった人の転職は簡単だ。高齢転職のポイントは、パッケージ作り(=履歴書書き)でも、流通戦略(=求人情報誌やらヘッドハンティング会社を選ぶこと)でなさそうだ。今の仕事をどれだけ味わい深く、自分らしく形にしてきたかと言うことだ。すなわちちゃんと一点個性のある侘びた茶器になることだ。

そうすれば、所有権が切れれば、またその好事家の中で普通に流通できるし、場合によっては隣の好事家グループでも高く買ってくれることもある。35にもなれば実務経験は大方10年。マニュアルどおり型どおりの転職を今さらやる年齢でもない。自分の形を普通に見せて生きていくことです。

家の本質

2006年4月 7日 11:51

この間、マンション非難を書いたからというわけじゃないんだけど、ちょっと家について考える。
生まれてこの方、結婚するまで、貸家住まいばかりを繰り返してきている。結婚してからも僕が建てた家ではなく、家内の実家に数部屋頂戴して生活している。

そういう意味では、「自分の家」というものに住んだことは無い。という風に考えることも出来る。
が、家って何だろう?
貸家でも、へたすりゃダンボールハウスでも「帰宅先=帰る家」なわけだ。そうすると借りた家でも、家は家。ただ、自分に振り返ってみると、一人暮らしの期間中に住んだ家々はどれも、自宅、では無かったような気がする。なんか、貸間、というのがぴったりな感じ。なんか、空間を借りているだけで、ホテル住まいと大差は無いような気分。
では、今はどうかというと、「自分の家」に住んでいる気はする。この差はやっぱり「自分以外の家族」がいる空間だからだと思う。裏を返すと、自分以外の家族のいない日は、この空間は自宅という感じは全くしない。
とすると、自分にとっての「家の本質」は、ハードウエアの建物とかインテリアとかは、どうでもいいことがよく分かる。あくまでも、そこにいる自分の家族が家の本質的な要素であって、家族がいれば、どこでもそこは「自分の家」だし、家族がいなければ自分で買った箱であっても「家ですらない」というわけだ。
家の定まらない奴を根無し草という。転勤族の子供の自分もずっとその部類だと思ってきた。根無し草かどうかは「住所が固定しているかどうか」よりも「家族が固まって住んでいる空間があるかどうか」に過ぎない。今まであって、これからもそれがある以上は、僕は実は根無し草ではなかったということだろう。
家族を大事にすることが、本当に家を大事にするということなんだろうな。

あたまのよくなる?

2006年4月 5日 11:49

いきなり、名指しで非難します。
http://www.z-anjyo.com/seminar.html
これでこのマンションを買うことにした人。

おまえバカだろう。
このマンションのよしあし&慶応SFCの研究のよしあしは別にしてだなぁ、有名中学の合格者の多くがリビングで勉強しているからといって、リビングで勉強する奴が有名中学に合格するわけじゃないだろうが。
そもそも、有名中学に合格するからといって頭がいいわけじゃないだろうけど、合格する奴が仮に頭がいいとしてだ、そもそも、リビングという空間を両親と共有することで、適切な知性の伝播が行われるからこそ「リビングで勉強する価値」があるというもんだ。

言い換えれば、リビングを共にすることで伝播できるだけの適切な知性を親が持っていないなら、リビングにいることを強要されたって成績なんぞ向上しない。それに、子供も正直だから、そういう親と時間を共にすることに価値を見出して、「特別なリビングじゃなくても」勝手に親のそばによってきて勉強をするもんだ。

裏を返せば、良いリビングにいたって、ひがなあほな占い番組とワイドショーとドラマ見てゴロゴロしている親やら、会社の愚痴と酒飲んでくだを巻いている親なんぞと一緒だったら、何の意味も無い。むしろ子供部屋をやれ。ちゅうか自分の知性を磨け。

まぁ、有名中学に入れたくてこんな家を選ぶ程度の知性の持ち主だったら、どんな家に住んでも結果は変わらんと思うがね。仮に一時、中学に受かってもその後は結構しれた人生だ。子供のためにも、家より自分を磨いて欲しいもんだ。

自分でやれ

2006年4月 4日 11:43

最近、色々な製品の製作にかかわる打合せに出るたびに思うんですよね。

仕事柄、「こんな風にしたら売れるかな」とか「いくらぐらいだったらいいのかな」と、メーカー系の人間が雁首そろえてマーケティングを考える集まりが多い。
そのたびに、いくつかあきれるのが
・自分で使ったことがない(使う予定もない)
・自分で作ってみない(他人が作る予定)
で、驚くべきことに

・自分で売るつもり

だったりする。
私としては「そもそも、あんたたちメーカーでしょ?」とか言いたくなるわけだ。
おまけに

・お客様に受けるような内容にして
・ブランドは統一したい

とか、とんでもないことを言い出すわけだ。そんな腰の据わらんものはブランドとしてそもそも成立しない。ブランドの基本は「一生もの」でずっと変わらぬものである。よって客に受ける受けないなど気にしている奴には、基本的には作れないものだ。

で、どうすりゃいいんだ、となるけど、答えは簡単だ
・自分が毎日使うものを
・自分が納得するだけ徹底的に改良して
・作って
・使ってみる
ということだ、これが実はメーカー系の人間が出来る唯一無二で最安値で最強のマーケティング手法だ。流通の言うことなんか聞くな。おまけに流通のすることなんか真似するな。
実はこの4条件にはミソがある。それは「自分が自分に妥協しない」ということだ。それは品質だけではなくてコストでもそうだ。自分が毎日使えるコストで自分が満足できるものを自分でつくるのだ。
こうすることによって、機能、品質、価格の3要素に関しては、少なくとも1名については完璧にマーケティングは完了している。

あやふやに、「どうしたらお客に受けるブランドになるか」なんていう会議を繰り返すよりよっぽど確実である。人間、一人納得できれば、世界中全体ならそれなりの人数がいるはずである。なので、そうして出来上がったものを、ネットなり何なりに載せればすむ。
でも、普通に考えてみて、ビトンやらなんやらファッションリーダーといわれるブランドの大半は、実は「一生もの」を志向して作られている。そこに、客受けというなのお客への媚も、自社への妥協もない。

そして息長くその製品を作り続けることがブランド化への一歩である。それをするためには、上記の4条件に「手元にあるもので」を加えればそれで十分だ。何も変わった材料なんか必要ない。

毎日美味しく食べているもの、毎日楽しく使っているもの。毎日にどう肉薄するかがブランド化のカギである。別にかっこいいデザインがブランドの本質ではないし、ましてやロゴなんかなんでもいいのだ。
それ以上の売り方は、それこそ流通の奴らに任せれば良い。メーカーが独自商品を開発するのに「流通の真似」はしてはいけないのである。

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