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2006年2月のアーカイブ

軽すぎる食

2006年2月27日 11:20

今回の出張では前出の昆布ババアの講演聴いたり岩見沢のドンといろいろと話をしていて、自分の違和感であった「地産地消」とか「食のブランド化」とか「食育」というムーブメントに対してひとつの答えが見えた気がしている。
これらの運動をしている人々の話の多くが(全部ではない!)、あまりにも軽いのだ。食というものへの認識が軽すぎるのだ。食というのは、本来、人間がその地に生きて根付くという意思の現れであり、その意志に基づいた営みのひとつだからだ。その地にあるものだけで、どうやったら生き延びれるかということこそが、食の最も根幹である。当然胃を満たすことも重要だし、場合によっては毒を毒じゃないようにして食べる知恵や工夫だったり、共同体意識をかもし出すための演出だったりしている。
そう考えると、地元の食材をちょっと使った新しいメニューを作ってWebで乗せたり、パンフにして「地元で作った食材をもっと食べてね」とかはあまり意味を感じない。ましてや地元で新しく育てた食材でお菓子を作ってブランドマークつけて「食のブランド化」至ってはチャンチャラおかしい。
その本質に帰って「この地で生きる」ということを教えるのが本来の「食育」であるべきであり最も重要なことだ。それを通じて「その地で生きるための食」が生まれ、それを支持することが「地産地消」につながり、その独自性が「食の地域ブランド」となっていくのである。
東京人に受けようとか、マスコミに受けようなんて馬鹿げたことをやる前に、教える根源がある。いわば「その地で生きる命の輝き(食うほうも食われるほうも)」が、もっとも感動を生む食の姿なのだ。「その地で真剣に生き抜くこと」、これを教えなければ、真の食育も地産地消もありえない。
自己反省を踏まえ、思ったことなので記す。

昆布というアンフェアトレード

2006年2月20日 11:17

遅刻して、普通に講演会に行く。大昔、舞妓だか芸子だかやってたババアの話。
まさに宗主国の普通のババア。話もむかつくが、これをにこやかに聞く植民地根性剥き出しの聴衆も腹立たしい。まるで「搾取を再び」と叫んでいるだけ。
着物を着ろ?食育は和食?伝統芸能保護しろ?
本来、北海道人としては「ふざけるな!」だ。
北海道の気候風土であんなスカスカの服着てたら死だろう。命かけてまでお前らの服着てるバカいねぇよ。
内地と明らかに取れるものが違うんだから、京都人の食いもん習ったってしゃぁねぇし、そんな料理方法がベースになったらお前らの造るものに支配されちまうだろうが。
そもそも、その伝統芸能なんて生きるために無駄なものを発展させるために、俺らからどんだけ搾取してきたんだよ。
普通に歴史を学べ。
内地で聞いたら普通の話だけど、ここで聞いたら怒るべき話だ。

で、会場の質問で出たのが「うちの兄は、昆布を作ってます。四十路になっても嫁も来ません。お金も儲かりません。昆布は日本の伝統だから保護して欲しい」という趣旨の発言。
お前の目の前のババアどもの祖先が寄ってタカって、昆布搾取システムを巧妙に組み上げてきたんだよ。で、このババアどもはまさにそのシステムを未だに維持して儲けてる連中だぞ。普通に水ぐらいぶっ掛けろ。昆布漁業経営が厳しい根本原因が目の前にいるんだぞ。
北海道は昆布を使って江戸の初期から長きにわたって、加賀とか薩摩とか関西諸国に搾取されてきたんだよ。しかもそのシステムは今でも基本的に一緒だぞ。「死ぬまでやる」が「活かさず殺さず」に変わっただけ。だから昆布協会の本部は大阪にあるんだよ。まさに目の前のアンフェアトレードだろ。実は他人様の国のコーヒーだの紅茶だののフェアトレード運動の面倒見てる場合じゃない。
で、ババアの回答は「そりゃいつかいいお嫁さん来ますよ、いいことやってますから」。そりゃそうだろうよ、反乱も起こさないで幸せに搾取されてくれりゃ、これに勝る話はないだろう。
こりゃまさに「北海道人決起せよ」って話だよ。にこやかに聞いてるバカども何とかしろや。

僕が株をやる理由

2006年2月17日 11:15

上の表題は正しくない。僕自身で稼いだ金で株はやっていない。
むしろ家内が稼いだお金の資産運用の一環でやっている。
なんで、こんなことを書くかというと、先週末に「別に儲けるために株をやっていないし、儲けるためにやれば損をする」と、家内に言った。なんか、出張直前のその発言を忘れた頃に「儲けるためじゃなくて何のために株をやっているの?」と言われたから。

答えのひとつは、やっぱり、家内に言われたから。そりゃ、自分の稼いだ金じゃない。一応、夫婦共有の財産と入っても、家内が一生懸命汗水垂らして稼いだお金だ。僕の一存で始められるものじゃない。頼んだ家内の思惑はとりあえずよく分からないけど、僕は言われたから始めた。

でも、儲けるためにはやっていない。運用成績は確かに悪くない。というか、むしろ良いと思う。
でも、運用成績が目的ではやっぱりない。株式はやっぱりその会社の株主になることだし、株主になったからには、その会社を部分的といえど所有しているということの表れだ。その会社が儲けているかどうかより、社会に役立つ、もしくは今後役立つということが大切になる。儲けていても犯罪すれすれじゃしょうがないし、社会の歪みを拡大するような仕事もごめんだ。
そりゃ、経営者の責任であって株主とは無縁という考え方もあるかもしれない。でも、経営責任もあるけど、所有責任もあると思う。いわば、悪しきものを所有すした以上、その悪しきことを是正させる責任はあるし、是正できない場合は所有を放棄する責務もあるはず。事業の所有を通じて、未来に対してより良い社会を作ることが重要なはずだ。その事業の所有を示すのが株である。その株を所有することは事業を所有するという意味である。その事業に対しての所有責任をもつことであり、株式をやる理由に他ならない。
単にそういう企業は、普通に業績も良くなるし、株価も基本的には右肩上がりである。だから運用成績も良くなるだけ。

なので、儲けるために株はやっていません。株を通じてより良い社会を作ることに貢献している。それ以上でもそれ以下でもない。

舟橋家の名言・名行メモ

2006年2月16日 11:14

なんとなく、色々とこういう歴史調べばかりやっていると自分のルーツはどうなんだとなる。

僕が聞きかじって覚えている範疇で、蓋し名言名行と思えるものを3人分。

舟橋ヨシ(父の母:寺原家の娘として北海道に渡る)
・「上見て歩けばホシ、ホシ、ホシだらけ、下見て歩けばホシひとつなし。」
  (星と欲しいを引っ掛けた口癖。地道に歩けば欲は起きないということ)
・男女問わず子供を全員、高等学校卒業させる。
  (当時の高卒の価値は、今の大卒。多分、女5人男3人ぐらいだったはず)

母の養父(名前知らず。でも、生家と縁続きのはず)
・「(その時代に)子供を育てるのは女。だから女にこそ学問が必要。」
  (貧しい母の高校進学で、家中がもめているときにこの一言で承認)


・「金はびた一文残さない。あんたらの頭の中に遺産を残す」
  (たしか、土地買ったときだったかな?突然言い出した)
・「20歳以降のあんたへの支払いは投資。いつか帰ってくると期待している」
  (大学の学費をもらうとき、常々言われた)
・小遣いなし。金が必要なときは要プレゼン。
  (僕が、小遣い帳まじめにつけなかったツケだけど、今役に立ってる)
・「アルバイトは絶対駄目。お金の価値を安直に見るようになる」
  (兄が新聞配達しようとしたときだったかな。今思えば名言)
・「学は自分のためにするもの。モノのためにするもんじゃない」
  (これは、祖母、父からもよく言われた。なので、テストで
   良い点とっても何も買ってもらえなかった。)
・「ひとはひと、うちはうち、自分は自分」
  (友達が持ってるシャープペンシルが欲しくて、「みんな持ってる」
   といったら、これで徹底的にやられた)
・「勝手にしなさい」
  (予算が発生しなくて、親が何もする必要が無くて、他人に影響が
   無いことをやろうとして親に言うと、めんどくさそうに必ず言われた。)

多分、今のスタイルを形作っている要素かと。こういう輩に育てられた両親に育てられているんだなぁとか思える。僕を直接育てた世代の発言は母ばかりだけど、たぶんに父の考えや、同居している祖母の考えも汲んだ発言なんだろうなぁ。

時代背景も違うし、そのままってことは無いけど、やっぱり大事なのは次世代への投資。金を残さず知恵を残す。この辺をリストにするとうちの家訓の出来上がりかも。

技術屋と政治屋と

2006年2月15日 11:12

最近、自分の商売って選択肢間違っているやもとか思う。

と、思い始めたのも榎本武揚や大村益次郎という人物についてリサーチしてから。
技術屋が政治屋をやるってのはどうかと考えさせられる。

榎本が蒸気機関や化学を中心とした技官。大村に至っては医者。それが、社会の情勢に乗っかってしまって、嫌々か進んでかは知らないが、比較的政治屋的な状況へと巻き込まれていく。彼らは、あの混沌の時代の中である種のMOTを実践して大いに日本の役に立った。晩年は、かたっぽは失敗続き、かたっぽは暗殺。あんまり幸せではない。時代の安定期には技術屋は技術屋であるべきで、政治は政治屋に任せるべきなんだろうなと。

で、わが身を振り返ってみると、2000年当初ぐらいまでは、技術者だけど、経営的なところに対して一定の成功を植え付けることに成功しつづけた時期もある。ところが、最近は、そういう調整的というかコーディネート的な動きをすると、何とかかんとか形になるにせよ、あまり芳しくは無い。むしろ単一の技術屋としての業務(ITだったりそうでなかったりはするけど)をこなすほうが、すっきりとした良い結果が出る。
確かに、産業におけるある種の革命期は終わったし、技術屋が政治屋をやるというステージは終わったのかもしれない。そう時代を照らし合わせて見ると、そろそろ、うちもコンサル業ではない違うところへのシフトが必要かもしれない。

ま、自分が技術屋肌だというのは自分が思い込んでいるだけで、他人が見れば違う評価かもしれないけど。

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