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2005年11月のアーカイブ

ナキウサギを平地で飼う女

2005年11月29日 10:23

なんだか謎のタイトルだ。自分のことをちょろっと比喩的にかいてみよう。

いつも、北海道に来るとウキウキ活き活きする。東京で仕事しているときは、絶対北海道じゃないと生息できない人間だよなぁ、と自分のことを思っていたぐらい。
津軽海峡の南に生息していない生命体とも言えるんで、ある種、ナキウサギのような代物でもあったりする。

で、これを何を思ったのか温暖な三河地方で飼おうという無謀なことを考えたのが家内。飼育実験に成功して、今じゃすっかり三河地方に生息する普通の飼いウサギ。挙句に、この飼いウサギは、温暖な気候と檻の中で飼われすぎて、大型化した。最近じゃ、檻から時々脱走して、ナキウサギは飼いウサギから野良ウサギと化している。おまけに行動半径が列島全域にまで広がって、周りの生態系を食い(飲み)荒らし、帰化生物問題に等しい状況なのかもしれない。食い荒らされている各地の人々は大変だ(笑)

とかいいつつも、やっぱり原産地の気候、風土、食物は体に合うらしい。北海道に脱走してきてみて少し思ったりする。

こう考えると、うちのカミさんってすごいかも。
誰も成功しなかった飼育実験に成功した生物学者みたい。

ありがとうと知るということ

2005年11月27日 10:21

下の子が、最近「ありがとう」という言葉を連発する。
ご飯をついでは「ありがとう」
スプーンを渡しては「ありがとう」
おかずを取り分けてあげれば「ありがとう」
ありがとういうのは一例で、ニコニコしながらいろいろとしゃべる。新しいことを認識し、それを言語化し、伝えたい人に伝える。子どもはそれだけで嬉しい。知るというのは、識るだけではなく、その先に伝えるという行為があって成り立つ。識っただけでは嬉しくない。伝わって共に喜んでくれてこそ嬉しい。

これが、きっと「知るは楽しみ」の原点なんだと思う。ここで、一緒に喜んであげることが、知的好奇心をもつ、クリエイティブな子どもを育てるスタートになるんだなぁと。上の子のときはそんな余力もなかったけど、せめてこいつの言葉には、少しでもまじめに反応してあげよう。

大人が子どもと向き合う。小さなことだけど、こういう積み重ねが学力問題やらなんやらを一番解決に導くと思う。制度がどうの、先生がどうの、のまえにまず目の前の子どもとひたすら向きあう。忙しさをタテに取らない。この姿勢が一番大事だ。

職業倫理

2005年11月24日 10:14

愚衆愚民に続いて、珍しく自分の生活以外のお題を2つ目も書く。
今話題の姉歯さんの話ではないけど、職業倫理というものを少し考える。
理由は簡単。家内が「DVDをコピーしたいから新しいPCを買う」という宣言をしたから。いままでも、会社の同僚にいろいろとコピーしてもらって、それを見ていたようだけど、お願いするのが心苦しくなったんで、自分でやるという理由らしい。
これは、今話題のMP3プレイヤー問題等と違い、明らかな著作権違反。いわば知材の泥棒である。知財を作ることをサポートしたり、それをもとに仕事をしている人間としては、家族といえど看過してはいけない問題でもある。それは職業倫理上、見てみぬ振りはさすがにできない「はず」である。
で、普通の泥棒であれば、家族に泥棒がいても懇々と説き伏せれば、理非はわかるだろうし、警察官の家族であればそんなことを働けば、警察官が失業するのも然りとなる。それは、家族のほうも普通にわかる話である。
が、こと、コンテンツになるとなぜか、こういうことを言うととたんに大喧嘩になって「ただの頑固者。みんなやってること。」と主張されて、それで議論は終わりで、家庭内が荒れるだけということになる。著作権法ほかの知財関連の不備も確かにあるけど、この手のコピーはただの泥棒。

で、翻って、姉歯さんは何を思って、強度設計を偽造したのだろうか?
仕事を出さないぞという大手の圧力と家族の生活維持のハザマで、どんな気分だったのだろう。

たかがコピーされどコピーである。自分の目の前の違法コピーをやめさせることもできない。職業倫理という意味では、姉歯設計事務所を一方的にはたたけないなぁと、反省することしきりである。

愚衆愚民

2005年11月24日 10:13

いや、僕が選民で優秀という意味合いのタイトルではない。

僕は民間向けのコンサルティングサービスを売りに人生やっているわけなんだけど、最近のお仕事はなぜか公的セクターばかり。そこで、最近はやりのキーワードが立法や行政への住民参画。

まぁ、大体、こういうことをやると、担当の自治体職員が単純にサンドバッグになって終わるだけ。その構図は、結構どうかなぁと思うことが多い。住民の声を拾って反映といっても、一口では難しく結構、専門的な知識が要求される。とはいえ、科学的知見というのはマックスウェーバーが言うように同じ手続きをきちんと踏めば十分に理解し利用できるようになるものだ。

やはり、それぞれの政策に提言をするなら、それ相応の知見は持つべきだし、その学習は怠ってはならないはずである。怠った挙句に出てくる発言が「(われわれは、愚昧なる者でそういう知識はもたないのだから)そういう専門的なことは専門家が話し合って決めてくれ」というもの。だったら住民は参画する必要はないし、参画しても政策に反映しようもないし、参画を求める必要もないはずである。

反映しようもない、文句だけをドカドカぶつけて、仕上がった条例は、住民の声を反映していないので、また担当者はドカドカとやられる。まさに人間サンドバッグである。今日もまた一人、僕の目の前(というか、ネット越し)で、そういう犠牲者が増えていく(笑)

国民主権の日本ですべての権利と義務を持つのは国民である。国家運営、自治体運営は国民が等しく持つ義務であり権利でもある。すべての権限は国民一人一人が等しく持っている。
が、その中から必要に応じて、委譲するものは委譲すべきだ。僕らがすべてのことの意思決定できるわけではないし、すべての専門性のあることを学びきれるわけではない。だが、その委譲した権利を再び取り上げる、もしくはその内容について干渉するなら、そこに発生する「学習するという責任」から、愚衆愚民を盾にして逃げてはいけないのである。住民自治とはそういうことなのである。

Webメーラー

2005年11月23日 10:12

おうちにVAIOがやってきて以来、自宅の仕事メールもすべてWebのメーラーで処理している。一部これで処理できないものもあるが、そっちにくるメールは99%SPAMだし、緊急のメールがくる可能性は、99.99%くらいありえない。
私の本業で利用しているサーバーは、ある種の仙人に管理いただいている。私もよく仙人呼ばわりされるが、スキル面では彼のほうがよっぽど仙人である。なので、Webのメーラーも彼の管理するところである。
実は、ここ数日でWebメーラーが変更になった。そのサーバーのセキュリティ強度を上げると、今まで愛用していたHorde IMP Webmail Clientが動かなくなってしまった。出張のど真ん中で、正直困ったが、念力?で彼にその旨を伝えると、新しいものを再度セットしてくれた。IlohaMailなるものだ。
うわ、不便。とか思ったのだが、それもこれも、ログイン時にPOP3を選択していたから。IMAPを選択すると、異常に快適。IlohaMail万歳。という気分。ずっと、ここのメールサーバーはPOP3とか思い込んでいたけど、IMAP対応もちゃんと完了していた。つうか、普通に考えたら、こういう使い出を出すにはPOP3では無理があるよね。
でも、このIMAPでの選択に気が付くまでの2~3日は事実上連絡が他人とつかない状態。が、IMAPに気が付いてからもうこれは手放せない。IMAP+Webメーラーというのは、意外とWebアプリへとユーザーをもっとも早く近づける近道なのかも。

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