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2004年7月のアーカイブ

石炭紀はいつ終わる

2004年7月18日 16:31

連休中日。やることもなく暇。家内と下の子はごろ寝。上の子はビデオ鑑賞。さすがにちょっと飽きたので、その合間に、宮沢賢治を読み聞かせた。
といっても、童話じゃなくて詩。最近、NHKの「にほんごであそぼ」の影響で、「雨ニモマケズ」に関心があるらしい。
まぁ、私も中高生の頃から宮沢賢治にはまっていた(化学研究にちょっと進んだのもその影響が少し)んで、ちょっと古めの新潮文庫の「宮沢賢治詩集」を、掘り出して読んで聞かせた。
何度か読んだら、子供も納得して再びビデオ鑑賞。で、久しぶりに、その詩集をぱらぱら読んだら、「政治家」というタイトルの詩があった。
当時の多くの政治家を「ひとさわぎおこして いっぱい呑みたいやつら」と表現し、そのうち、そういう政治家は「ひとりでに腐って ひとりでに雨に流される」と考えているらしい。
何というか、啄木と違って、ある意味人の世を楽観的に信じている賢治のスタイル。
でも、先の参議院議員選挙を振り返ってみて、そういう「ひとさわぎおこして(=色々と世の中を騒がすだけ騒がして)」「いっぱい呑みたい(=私腹を肥やす)」タイプの議員をどれだけ腐らせて雨にして流してしまえたのだろうか?
賢治にしてみれば、僕らの一票が、そういうやつらを腐らせる微生物一匹であって、ひとりでに雨で流す雨粒の一つ何だろうなぁ。
そして、この詩は、最後にこう書いてある。「そしてそれが人間の石炭紀であったと どこかの透明な 地質学者が記録するであらう」
でも、いつになったら、この石炭紀は終わるんだろう?賢治の時代からゆうに続いているんだ。
地質学的な観点に立てば、高々数百年、じたばたするな!ってことになるんだろうけど。

仕事という言葉

2004年7月17日 13:30

実は、仕事と言う言葉はちょっと前までものすごく嫌いだったりする。文字通りいけば、「つかえごと」ということで、誰かの下で使われることとなって、SOHOで自己責任で仕事をしているものとしては、基本的にやっている活動は、どれ一個取っても「つかえごと」ではないはずだ。

もっと言うと、仕事をするという事と労働するという事が日本ではイコールになっているというのも結構気に入らなかったりする。仕事のネタを作り出す、トップマネージメント層は現実問題として、誰かにつかえている訳では無いので、彼らは「つかえごと=仕事=労働」をしていないと言うことで、楽してもうけていて、下々の人々は「つかえごと=仕事=労働」をしていて、とっても大変で貧しい。というある種の決め付けが感じられて、とっても嫌だったりする。「つかえない」ってことは、それはそれで、ものすごく大変なのだ。

なので、独立して2~3年は、「仕事」という表現は可能な限り使わないようにしていた。ビジネスとか事業とか商売とか。最近は、ちょっと考えが変わってきて、あんまりこだわらなくなってきた。事業にせよ商売にせよビジネスにせよ、それを必要としてくれて、それを行なうと「ありがとう」ということでお金をくれる「お客」あってのものでしかないからだ。

結局は「お客」というものに仕えているんだから、これらも、広い意味で「つかえごと」なんだろうなぁと。結局の所、純粋な一人よがりじゃ、本当に何にもできない。現実に、上司の代わりにお客に仕えているだけ。そんなに大きく何かが変わっているわけじゃないようだ。より自分の行為が社会に対してストレートに伝わっていることが分かるだけ、風通しが良くて幸せなだけだ。

まぁ、吹雪や強風の時はちょっと痛いけど。

山賊の山分け

2004年7月 1日 16:30

他の日記でちょっと企業理念に関するやり取りをしたんで、今日は日記というよりはその話。

IT関連の企業をコンサルしていて思うのは、企業理念があるようでない人が結構いる。そういう方が共通して言うのは、うちの企業理念は「コミットに応じた適切な利益分配」という。分配の算定基準やらコミットに関する考え方こそ、人それぞれなんだけど、企業理念が分配方法ってのはどうかなぁと。
もっと言えば、公明正大な報酬の支払方法ってのはどんな企業でも本来あたりまえのことで、改めて企業理念としてうたうことですらないと思う。別の理由で明文化は必要だけど、それは企業理念じゃない。単に人事考課のルールだ。
しかも売り上げがなければそんなのは、ただの絵に描いた餅。分配以前のことが大事ってことになる。端的に言えば、自分の会社がどういうことをして、社会やお客にどういうメリットを与えるかってことだ。
それが社会やお客に受け入れられれば基本的に法人として存続する価値のある企業体になるし、受け入れられなければ(受け入れられなくなれば)そもそも不要な企業体ってことになる。そこで、一つ売り上げが立つかどうかが決まってくる。

ITって商品の性質上、意外とそういう旗印を自社独自で作るのって結構難しかったりする。また、そういう起業をする方が若い人が多く、そういうことを深く考えないで起業されていることも少なくない(私も人のことは言えませんが....。)。また、企業からのスピンアウトの場合、そういう公平さが欠けていると感じて起業される方もいてそれ自身が理念化しちゃいやすい。

こういうのを見ていると、「取らぬたぬきの皮算用」のお話を思い出す。山賊がたぬきを取る前に分け前の話をするって奴。いわば山賊の山分けの方法が理念になってしまっている。たぬきをどう取るとか、そもそも捕る獲物はたぬきなのかとか、みんなすっぽ抜けているこの山賊と一緒。

起業した時にちゃんと持っていなくても、後から着いてくる人もあるんで、企業時から必須かといえばそうではないと思うんだけど。
でも、自分がコンサルしていて、IT企業の場合、この「山賊の山分け」脱却できた社長さんの会社はぐいぐいと伸びていく。脱却できない企業は、どんないいコーディネイトしてあげても無駄。

とはいえ、私のコンサルティングのスタイルの方が問題があって、山賊の山分けの人でも大成する方法があるのかもしれませんが....。

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