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2004年4月のアーカイブ

大人と子供と地域とゲーム

2004年4月15日 23:30

この4月(2004年)に、文部科学省から、一つの調査報告書が出された。
「子どもとテレビゲーム」に関するNPO等についての調査研究-米国を中心に- というものだ。

おそらく日本で初めての、総合的なゲームの個人や社会への影響に対する社会的な取り組み(な、長い.....。)をまとめた調査報告書だろう。
少し長いがぜひ各人に読んで頂きたいものである。
ざっと目を通した概要というかポイントと思えた点は

・万人にとってゲームがある生活があたりまえという前提
・ゲームは絶対悪でも必要悪でもなく、有用性と弊害を共に持つものであるという前提
・そうした二面性を持つ文明の利器をどう活用するかという方向性
・業界と公的機関と家庭の3者のみの対応の次元を超える対応策

この4点だ。個人的には上3つはあたりまえのスタンスでゲームというものと長らく付き合ってきたが、こうした公的な調査報告書で、このスタイルが前面に出ていることは、時代の流れといえるだろう。ゲーム世代が親になった結果とも言えなくも無い。

ただ、なるほどなぁと思えたのは、NPOという新しい対策手法の登場である。
実際に、TVゲームに関して、活用するにせよ、対策するにせよ、今までのスタンスでは「業界が儲けから責任を取れ」とか「家庭が自己責任で子供を管理せよ」や「(学校等の公的設備が)国費でやれ」という対立の3択がメインであった。
この報告ではこうした対立の構図ではなく、新しいゲームとの付き合い方の地平を地域等のコミュニティに求め、建設的な問題解決を促進している事例や取り組みを紹介している。
いわば立場がどうかということを超え、一人の大人として、みんなでベターな解決策を考えて、それぞれの立場でその解決策を最大限実施していくということだ。地域コミュニティやNPOの活動スタイルがまさにそれに最も近いものといえる。

メディアとしてのゲームが複雑化した今、地域に根差したNPOというスタイルの組織と各者各様の専門機関が連携する解決策を模索しつつあることは大変望ましい。こうしたTVゲームと子供の関わりを考えていくNPO組織が日本でも生まれて行くことを望みたい。

また、こうした活動を実践されている方がいれば是非ご一報ください。

プライベートとシークレット

2004年4月15日 12:00

前から、書こう書こうと思っていて、結局書きそびれているトピックを。
プライベートとシークレットの違いについてだ。
案外日本語で理解しようとすると、個人に関する秘密(シークレット)がプライベートで、シークレットの一形態なような感じで理解しがちである。で、かく言う私もそう思っていたクチである。
なので、情報セキュリティ業界で言うところの「プライベートキー」を何の疑いもなく「秘密カギ」と翻訳していた。じつは、ここに大きな間違いがあったりするのである。
シークレットキーだってプライベートキーだって他人には分からないようにするんだし、おんなじ「秘密」で良いじゃんと、言いたいところですが、ISO/IEC 11770-3によると、実は全く違うものなんですね。
原文は英語なのですが、私がいんちき意訳してキーの定義のところだけ紹介します。

プライベートキー:非対称キーの対のうち「対象者のみが利用できる」キーのこと
シークレットキー:「特定された対象の集合が利用できる」キーのこと

となっているんですね。言いかえると、情報セキュリティの世界に限って言えば、「プライベートとは全く他者に公開されないもの」であり「シークレットとは特定されている相手には公開されるもの」ということなんですね。
でも、そうすると、本当の意味でのプライベート情報って何なんでしょうね。いわゆる住民基本台帳ネットワークに記載されるような情報も、シークレットな情報であっても、プライベートとは言い難いですよね。だって、名前だって住所だって電話番号だって、最低限、親や友達など特定されている人は少なくとも知っているんですし。
借金の履歴だって病歴だって、受け答えした社員は知っているし、受け持った医者も知っている。秘密の度合いは高くして欲しいけど、純粋なプライベート情報とは言い難いですよね。
情報セキュリティのセンスを磨くのに、自分の持っている情報をこういう視点で一度整理してみると良いかもしれませんね。

続:お金の話

2004年4月14日 13:30

先の話で、いかに子育てSOHOが儲からないかという話を書きました。実際は僕がシゴトべたで儲からないだけなので、ただの言い訳なのですが、こういう疑問も出てくるでしょう?
「だったら、なんであんたは子育てSOHOやってるんだ?専業主夫でもやってればいいじゃん。」

この答えは非常に簡単な話で
「自分が望む社会を作るため」
という事に行き着きます。
どんな社会を作りたいかというと、そのうちの一つが、「お金が適切に回る社会」を作りたいと思っています。

僕にとって、お金というのは、「もらうもの」でもないし、「あげるもの」でもないし、ましてや「ためるもの」でも「浪費するもの」でもありません。お金は「ありがとうの記録」だと私は思っています。
何か相手に対して価値のある行為をした時に、本人が直接相手に、その価値相当のお返しをすれば良いんだろうけど、ニーズが違うとか色々な理由で直接お返しができない場合、あなたは私に対して良いことをしてくれましたという証拠として、渡すものがお金だと思っているんですね。
そう考えると、基本的に、お金持ちというのは、多くの人に対して良いことをしたのに、自分に対してそれに見合った良いことをしてもらっていないから、記録としてのお金が減らないだけだし、貧しい人は、基本的に相手に対してありがとうと言ってもらえるような事をしていないから貧しいというだけのことに過ぎません。
僕は、元々お金ってそういうものだし、今後もそういうものであるべき何だろうなと思っています。
自分の持っている能力で、十分に他人に対して「ありがとう」と思ってもらえる行為を効率的にするためにはSOHOってすごくお金を実感しやすいし、反対に他人に対して、ありがとう代を簡単に直接払えるというのが非常に心地よいと思っています。

くどくど書きましたが、要は、社会は徹底した「受益者負担」であるべきというのがその思いです。それを実際の行為として体現するためにも、子育てSOHOというのはとても丁度良いスタイルだと思っています。なので、世間的に儲からないけど、個人として喜んで実践していけるスタイルでもあります。

「寝てるだけでぽっとお金が入ってくる」という広告の類で、「これこそSOHOライフ」とかいうメールが飛び交っていると、ムッときますね。差し上げるものは差し上げて、受け取るものは受け取る。これが基本的な社会のルールです。

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