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帰納

1998年2月 3日 00:00

一般にイメージしている帰納法を想像すれば、 大きな違いはないだろう。

ようは、たくさんの事例を集めてきて、そこから 何かを述べることである。

しかし、科学における帰納法を議論するには二つのシーンを 分けて考える必要がある。 何のために、個々の事例を集めてくるかで変わってくる。 一つは発見の文脈であり もう一つは正当化の文脈である。

発見の文脈というのは、理論を見出すのに事例を用いる時である。たとえば、今、気体の体積、温度、圧力なんかを たくさん測定する。それらをグラフ化して眺めたりすれば 何らかの関係と思しきものが見えるだろう。 そこから、
PV/T=一定
みたいな関係式を導出してくる。こういった帰納が 発見の文脈の帰納である。
事例の帰納から関係を導くのには、一定の飛躍が必要になる。たとえば、有限個の事例からは、 複数の可能な関係が無限個出てくる。 その時に、そのうちのどれを選ぶかということは、 関係を考え出す側に委ねられることになる。 このように、帰納で導かれた関係なり理論には、 確実さが欠けてしまう。

正当化の文脈というのは、 すでにある理論や関係がどれくらい正しいかを 確かめる過程である。この過程でも、たいていは 帰納が現れ、より多くの事例に合致した方が よりよい理論である。ということになる。 理論の確認に事例を用いることである。
先の
PV/T=一定
は、いろいろな人が、毎度毎度、条件を変えて たくさんP、V、Tを測定する。 この時、P、V、Tの対が多ければ多いほど その理論が確からしいと考える。
確からしさの定量化としてベイズを用いたものなどが知られ、AIとかにも用いられている。

しかし、この二つの区分はそれほど明確でもない。 実際に帰納法で考えるとしても、理論を生み出しつつ 確認していくプロセスというのは現実の科学ではよく 見られる。
また、同時に、反証主義等、 科学から帰納を取り除く試みも多数知られている。 その際議論の的になるのは、正当化の文脈であることが多い。

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