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1997年8月のアーカイブ

ドランブイ

1997年8月18日 23:00

私はリキュールのみです。
結構どんな甘ったるいリキュールでもそのまま飲みます。
お初に行くバーではたいてい、バーテンが目を丸くします。
何でもストレートで頼みますので。

なんで、そんなもの飲むようになったかというと、 まさしくドランブイの責任です! あれは、カクテルビギナーを脱した頃のお話です。 (回想シーン)へ。
あれは、北海道の冬の寒い2月の事でした(あんまり関係無い)

友人 の家で簡単なカクテルを作って飲もうという話になり、 私が道具&お酒を調達する事になりました。
そこで、札幌の地下鉄平岸駅の傍の某デパート(スーパー) に入って、副材*1の物色をしていました。大体、 そろったので、ふと、お酒売り場を見ると、見なれぬビンが 埃を被って置いてあるじゃありませんか。
で、手に取ってみると
な、なんと、ドランブイじゃありませんか。
(当時は、北海道にあまりリキュールの置いてあるところが なく、ドランブイでさえ珍しかったのです。 バーでは飲めましたけど)

値段は4000円、反射的に帰りの地下鉄代を無視して、 酒売り場のレジに持っていきました。
F「く、ください」
店員「...........。」
おいおい黙るなよ。しばらくして店員さんが口を開きました。
「あの、大変古くなっていて申し訳ないので、 在庫を探してまいります」
おいおい。この手のリキュールは封切らなきゃ、 少しは平気だぞ。
ひょっとして10年モノかぁ
しばらくして店員さんが戻ってきて。
「大変申し訳ありません。今在庫も無いので、 半額で宜しいでしょうか」
F「は(絶句)。.......どれくらい古いのですか?」
店員「(非常に申し分けなさそうに)3ヶ月です」
F「じゃあ。ください(封切ってないなら平気じゃない)」
で、半額で買って、帰りは平和的に地下鉄で帰れました。

で、一口飲んで、口にフィットしてしまったんですね。 味は解説しようが無いです。きらいな人は、養命酒と 言ってますけど......。

でも、それ以来、この手の薬草リキュールは、ふなはしの常備酒の 一つです。(旅先にも小ビンに分けて持っていってます)

実はこのお酒、なかなかドラマティックな蘊蓄がありますが、 その辺は好きな人は勝手に調べてみてください。

*1副材:カクテルを作るときに必要なお酒以外の材料。 フルーツやジュースを指す。

ハンディキャップユーザーとゲーム

1997年8月12日 23:30

今、デジタルメディアの世界はマルチメディア化に乗っかって、 多種多様の表現手法を生み出していっている。 それは、TVゲームも同様である。
しかしそれらの表現手法も、メディアの本来の目的である、 「伝えること」に使われなければ意味はない。

華麗なデジタルアニメーション、迫力のサウンド。 これらが伝えることの大きさは絶大だ。 しかしこれらを享受できないユーザーがいるとすれば、 それはまったく無意味ではないのか?

先日はっとさせられる、ホームページ(1997時点。現在はサイト閉鎖のため見られない)に出会った。 そこには字幕付のゲームが紹介されているのだ。

こういう観点に立てば、確かにデジタルメディアの ヒューマンインターフェースは不親切である。 目の不自由な方には、あのマッキントシュといえど、 物理的キー接触で判定する、DOSの方が親切だろう。 また、そのページ著者がおっしゃられているように、 音だけのゲームなど、耳の不自由な方には、 何の価値もないだろう。
TVゲームがメディアなら、こういうことにも気を配るべきだろう。 私も、こういうことに気を配っていなかった。 ハンディキャップのある方の社会的インフラ不足についての 関心はあったものの、こんな身近なところに不親切が 横たわっているのに気が付かなかった。

話を戻すが、人によっては、こう言うかもしれない。
「じゃあ、遊ばなければいいじゃない。他にも娯楽なり、 メディアなりあるじゃない」

果たして、その様に言い切れるだろうか?
デジタルメディアは、既存のメディアと大きく違い、 既存のメディアでは代えられない、利便性や、革新性がある。 そして、将来多くのメディアが、 このデジタルメディアに席巻されたとき、 ハンディキャップを持つ人たちにとって、メディアのない世界に なってしまうのではないか?

これらは杞憂かもしれないが、こういった未来を作らないためにも、 身近なところから気遣っていくべきだろう。

アヴォドガード

1997年8月10日 23:00

風邪を引いたので、早めに会社をはけて、 まずはホームページの更新! といっても、やはり治したいので、まずは卵酒。
と、思い立ったのは、 メール友達に「風邪引いてるなら卵酒作ってあげたい」 なんて可愛いこと書くのがいたので、 反射的に思い出しただけです。

で、卵酒といえば、卵と日本酒を......。
なんてやるのも芸がないので、オランダのリキュール、 アヴォドガードを紹介します。
(記念すべきリキュールの話の一作目が、 なんで、こんな変なリキュールに.....)
アヴォドガードは、ようはビン詰め卵酒です。 でも、日本の卵酒と違って、度数がかなりあります。

で、行き付けでないバーでのお話。
(ちょっと前に北海道に行ってきたのでその時のネタを)

横の客が楽しそうに「カップル」で(既に、むっと来てる づれのF)イチャイチャと、
女「このカクテルなぁに?」
男「うんこれはね.....」なんて甘い会話してるし。
(ほんとに切れそうなF「黙って飲めやぁ。こっちは徹夜でカラオケうたって眠いんじゃぁ」) で、ここで、男がおもむろに、
「マスター(以下M)なんかのみやすいやつちょうだい」
M「う~ん。飲みやすい奴ねぇ」
男「見かけと違って酒弱いんだよ」
とかいいつつMが何とすごいものを出した。
それが、アヴォドカードなんです。

普通、「卵酒」カクテルに使うかぁ!!

で、案の定、出来上がったものは不気味くんな 謎なカクテルになり、それから小一時間、 カップルはそのカクテルの処分に四苦八苦してました。
あんなの、牛乳割りが限度でしょ。

ちなみに、私はそのあとすぐに、アヴォドガードを ストレートで頼んでカラオケで荒れた喉を滑らかにしました。

しかし、なんて不幸なカップルなんだか。

パナッシェ

1997年8月 5日 23:00

なんかだ1回目以来、強いお酒ばかり続いたので、 この辺でちょっとはしやすめの意味で軽いカクテルを。

ちなみにFはビールは苦手です。(というか 蒸留してないものは基本的に苦手です。) 多少のお酒であれば、そのままでなんでも 飲めてしまうのですが、どうもこのビールというやつは、 Fの天敵らしく、飲むとすぐ酔います。 で、このあとはなにを飲んでも具合が悪くなるので 大いに苦手なのです。

でも、確かに度数が低いので、軽く飲む分には いい気はするのですが、Fは基本的にお子様なので 苦いのはいやです。(ホップがあんまり効いてなくて、 麦の甘みがするのは飲めるようになった) そこでこれも研究しました。

その内の一つがパナッシェです。他にもビールのカクテルを 覚えましたが、結局、このパナッシェが一番口に合います。 しかもお手軽。レモンスカッシュにビール混ぜるだけ。 これなら、確かに飲めるし、他のお酒飲んだ後の 酔い覚ましとか、ボーリングとかカラオケとかパーティで 疲れた後に良く飲めます。

でも、致命的な欠陥があります。家で一人で作って飲むと、 ビールもレスカも一回開けるとそれまでなので、結局、 350mlのビール一本と350mlのレスカ一本飲む事になり、 胃ががぶがぶになってしまいます。

考え様によってはイマイチですね。

僕らは何を見ているんだろう。

1997年8月 3日 00:00

科学の基本は客観的な 実験と観察にある。 と教わることが多いと思う。確かにどんな理論科学者だって、 実験結果と理論があってないからって、実験の方が間違ってる なんて、そう主張することは少ないと思う。 (実際の話では、そう主張することもあるし、理論に あう結果がやり直して出てくることもないわけではない)

観察するとき、実験するとき、僕らは何を見ているのだろうか?
よく、ありのままを見なさいと教わることがあるだろう。 でも、人間の目は物をありのまま見ることは、 科学的には、 出来ないんだそうだ。
そうすると僕らは何を見て、実験対象を観察した、 といい習わしているのだろうか?
たとえば、顕微鏡で細胞を観察します。この時、僕たちは 細胞を観察しているのだろうか?
それとも、レンズの上に写った、輝点の集まりを 観察しているのだろうか?

今度は顕微鏡を介さないで、物を見ることを想像してみよう。 たとえば、ちょっと前のカラーコピーのCMなんか思い出してもらうと 助かるんですが、実物と、平面画像の区別は付かないときがあります。 たとえば、このとき、僕らは、カラーコピーを見ているのか 物を見ているのかが問題になります。

そうすうとなにやら、僕らは色の固まりを見ているに過ぎないような気がします。 でも、同時に、カラーコピーを見ても、実物を見ても、 そこに○○があるという感覚になるということは、 色の固まり以上に何かを見ているという風にも考えられます。

僕らはいったい何を見て、科学を作り出しているのでしょうか?
色の固まりなのか、それとも木や草花や動物や石ころetc.なのか。 科学の基礎となる観察もちょっと考えると、何を観察しているのか 怪しくなります。
ここで、大脳生理学や、光学の理論などを持ち出して説明したくなりますが、 じゃあ、それらの理論はどうやって何に基づいて出来たのかというと、 やっぱり観察とか実験ということになるでしょう。 そうすると、ここでの観察や実験は怪しくないのかという、 堂々巡りが始まります。
そうすると、科学を使わないで、みんなを十分に納得させる議論が 必要となってしまいます。

さて、科学を使わないで、
僕らは何を見ているのか
をどうすれば説明できるのでしょうか?

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